業務時間をとっくに過ぎた時間になっても私はまだ会社にいた。
ブラック部長にはあんなに念を押されたけど、やっぱり家に帰る気なんてなくて、私は残業をしている。

データの打ち込みと印刷は終わっても、まだ面倒な書類整理が残っていた。
これを出張から帰ってきてするなんて誰がやっても大変なのはわかる。
特に仕事もないことだし、部長が帰ってくるまでに全部終わらせようと思った。


「眠い…」


重くなってきた瞼をどうにかするために残り少なくなったコーヒーを飲み干す。


「まだあったかな」


コーヒーメーカーを見てみても1日が終わった今はやっと1杯分ある程度だった。
ため息をつきながら残りをすべて自分のマグカップへと移した。
またコーヒー作ろうか迷う。
でももう飲むのは自分だけだから、と諦めてデスクへ戻る。


ピリリリリ…


突然鳴りだした携帯に肩を揺らして、駆け寄って電話を取るためにかばんを漁る。
ついでに時計を見れば夜の11時。
一体誰だろう。


「…っ」


やっと見つけた携帯の画面を見れば”ブラック部長”の文字。
もしやどこかで残業している私を見ているのだろうかとキョロキョロとあたりを見回しても広い会社の中に居るのは私だけだった。

呼吸を整えてから、恐る恐る通話ボタンを押す。


「はい、みょうじです」

『夜遅くにすみません。ブラックです』

「部長おつかれさまです」

『みょうじさんもお疲れ様です』

「いえいえ…」

『…』

沈黙が心苦しい。
でも何を話せばいいのかもわかない。


『ところで、いま自宅ですか?』

「はい」


何事もないように嘘をついてしまった。


『そうですか、よかったです』

「部長、お疲れじゃないですか?」

『僕は大丈夫ですよ』


きっと嘘だと思った。
声が疲れている気がしたから。


「私の事は心配しないでくださいね」

秘書に気を遣う部長なんて聞いたことないもの。


『それは僕のセリフです。みょうじさんも頑張りすぎないでください』

「大して仕事もしてない秘書じゃないですか」

『いいえ、みょうじさんは僕の大切な秘書ですから』

「あ、ありがとうございます」

『それじゃ、僕も明日早いのでそろそろ寝ます』

「わざわざありがとうございます、おやすみなさい」

『おやすみなさい』


電話を切って深く息をした。
ブラック部長の性格なのか、私の気にし過ぎなのか。
“僕の大切な”なんて言われると不覚にもドキドキしてしまう。





「なまえ!」

「おはよう」


朝から元気な同僚に話しかけられた。
昨日は12時帰宅、正直今日は結構きつい。


「昨日遅くまで残業してたでしょ」

「なんで知ってるの?」

「11時ごろ会社の前通ったら明りがついてたから!こんな時間まで残業するのはなまえぐらいだと思ってさ」

「うーん」

「部長に”残業はだめ”って言われたんじゃないの?」

「でもさー、仕事残しとく訳には行かないしさ。それに部長秘書なんだから部長の仕事少しぐらい減らさなきゃ」

「律義―、さすが部長秘書」

「そんなんじゃないけど」


いつものことだから、いつもは気にしないけど疲れもあってかなんだか茶化されて卑屈になってしまう。


「頑張ってね!秘書部長」

「もう分かったからー」



11/4/17



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