秘書の仕事にはすぐに慣れた。
前の普通社員としての仕事よりは少し楽。
「なまえ暇そー」
羨ましそうに同僚が声をかけてきた。
「それコピーしようか?」
「いいの!?」
「そのつもりだったでしょう。」
「あは、バレた?」
「はい渡して」
受け取った書類をコピー機にかける。
コピーをしながら最近の自分の仕事の内容を振り返る。
明らかに少ない。
理由は簡単、部長が自分のできる範囲は自分でしてしまうから。
部長秘書としての自分が必要なのか疑問を抱く。
秘書ってもう少しこき使われて私生活まで侵されるような仕事だと思ってた。
「はぁ」
ひっそりとため息をつく。
「みょうじさん」
「はいっ」
少し驚いた。
「部長が呼んでましたよ」
「あ、ありがとうございます」
「部長秘書は忙しいねぇ」
どこからともなく出てきた同僚がさっきと逆の事を言ってちゃかす。
「残りはそこに置いてて」
「いいの?」
「こっちが手伝って貰ってたんだから。ありがと」
「いえいえ」
「部長、みょうじです」
秘書の仕事には慣れても、部長の執務室に入るのはやっぱり緊張する。
「入ってください」
「失礼します」
「どうぞ」
やっぱりソファーに座るように促される。
「突然で申し訳ないのですが、僕は明日から出張することになりまして」
「はい」
「来週は取引先相手へのプレゼンがあるんです」
「はい」
「大変申し訳ないんですが、その資料のデータ打ち込みだけやって欲しいんです」
「データ打ち込みだけ、ですか?」
「もちろんです」
「あの、印刷とか他は…」
「プレゼンの4日前には帰ってくるので大丈夫です」
「大丈夫って…」
「僕が出来ます」
やっぱりか。
資料作りはともかく、印刷まで秘書に任せないで自分でやる部長がいるだろうか。
「あの、部長」
「はい?」
「私にもっと仕事を回して頂けませんか?」
「え」
「私、頼りないでしょうか?」
「まさか」
「でしたら印刷ぐらいは私に回してください」
「…」
言った後に後悔した。
上司に楯突く高飛車な女だと思われただろうか。
「すみません」
咄嗟に謝ろうとした私の耳に聞こえたのは私の声でなく部長の声だった。
「みょうじさんにそんな事を思わせていたとは思いませんでした。もちろん頼りないなんて思っていません。ただ、秘書にもなってまだ間もないですし、無理はさせたくなかっただけです」
「すみません、私…」
「みょうじさんが謝る必要はないんです。では印刷までお願いします。ただ、無理はしないでください」
「はい」
「残業は駄目です」
「え」
「残業しない程度で進めてください。残っていれば僕ができますから」
「でも」
「お願いします」
どうやら有無を言わせないようだ。
しばらくの沈黙とお互いを探るように交じり合う視線。
「わかりました」
結局折れたのは私だった。
11/3/28
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