ただいま、と部屋のドアを空けたらいつも返ってくる、おかえりが無かったので首を傾げて少し汚れたスニーカーを脱いで部屋の奥に進むと、そこには文庫本をかなり積んだバリケードの中で蹲っている彼女がいた。
「…ただいま、」
「………おかえり」
「どうしたんすか、リコさん」
もう一度声をかけたら返ってきたおかえりに安堵したが、未だに顔も上げようとしない彼女を不思議に思い背負っていた荷物を降ろしながら文庫本のバリケードに近付いた。
「ぁ、まだ読んでない本まで」
巻き添えにして、と言いながら彼女の目の前にしゃがんだら、すん、と鼻を鳴らすので、いよいよどうしたもんかと彼女の肩を軽く揺する。
「リコさーん、まさか1人で留守番、淋しかったんすかー?」
「…違うわぼけー」
「えぇー、じゃぁ」
何、と小さな声で帰ってきた反抗的な言葉にいよいよ頭を悩ます。
1分が経過して、それが積み重なっていって、気付けばタイムワープで15分経過。
流石に、膝をたてた状態はきついものがあったので、やれやれと腰を下ろしてしばらくすると、小さな声が耳に届いた。
「狩沢さんと、遊んだの?」
「遊んだっていうか、まぁ…そうっすね」
遊んだかなぁ、と数時間前を思い起こしたらワゴン車の中でゴミみたいな男にちょっとした拷問を狩沢さんとしていた事が出て来たが、流石にバカ正直にパンピーに拷問してきただけっすよ!なんて言う事自体がまず拷問だろう、なんて思いながら俺はペットボトルの蓋を開けてお茶を流し込む。
「…狩沢さんと付き合ってるって」
本当?って今まで頭すら上げなかった彼女がわざわざ頭を上げて言い放った言葉に思わず、飲んでいたお茶を吹き出した。
「は?」
「やだ、遊馬崎くん汚ない」
「いや、だって…ねぇ?」
汚ないって言われて返す言葉もないが、その前の言葉には反論すべきで、俺はティッシュで濡れた床を拭きながら口を開く。
「誰が言ってたんすか」
「いざや君」
「…会ったんすか?」
「正臣くんと遊んでたとき」
あらま、臨也さんに会っただけじゃなくて紀田くんも一緒とか聞いてないわよ!なんて思いながらも次々と流れる彼女の言葉に耳を傾ける。
「いざや君が…」
要約するとこうだ。
彼女が大好きな遊馬崎くんは大概君より狩沢さんと遊んでるし、どう見たって付き合ってるし、仮に付き合ってなかったとしても、遊馬崎くんは二次元にしか興味ないから、君がどんなに彼を好きでも答えてもらえないんだから、いっそ俺たち付き合おうよ。
って、バカな!
「リコさんは、真に受けたって事っすかね、つまり」
「違う、けど…」
「けど?」
「確かに遊馬崎くんはずっと狩沢さんといるし」
そりゃぁ、裏でお仕事してますからね。
「二次元大好きだし」
まぁ、萌えは生きる原動力ですし。
「私、髪の毛緑色とかじゃないし」
確かに、普通の色ですね。サラサラで綺麗ですけど。
「マンガとかあんまり知らないし」
そう言いながら彼女は大きな目からぱたぱたと涙を零す。
すると彼女の周りの床が濡れた。
あーあ、あとで掃除でもするかな、なんで思いながら俺は口を開く。確かに、って飛び出た言葉に彼女がびっくりして肩が揺れたのを見て少し笑えた。
「狩沢さんとよく居るのは、仕事とかの相方だから。二次元が好きなのは標準装備だし、緑色の髪、銀髪とオッドアイと包帯は萌え要素ですよ。でもいくらそれにピッタリだからって間違ってもショタコンとかには走りません。あくまで女の子萌えっすから。で、本題なんすけど、基本的には二次元萌えの俺がこの前なけなしのソウルを振り絞ってパンピーの子にですね、まぁ、その子はカラオケの店員さんなんだけど、しかもついでに言っちゃうとマンガあんまり知らないっていうね、でもそんな俺とは超対極線上にいる子に告白して晴れて彼氏彼女になったはずなんすけど、何でそんな現実よりも臨也さんの話を真に受けてんすかね、ねぇ、リコさん?」
「だって、いざや君が…」
「バカですかあんた」
はぁぁ、と付きたいため息を無理やり飲み込んで涙いっぱいの彼女を落ち着かせるためにギュッて抱き込みながら言葉を繋げる。
「臨也さん、あんたの事が好きなんすよ」
だからちょっかいかけて、好きな子苛めて、全く趣味悪いったらありゃしない、と彼の取った行動を想像して呆れ返る。
すると腕の中に大人しく収まっていた彼女が顔を上げて言う。
「じゃぁ、じゃぁ、狩沢さんとは」
「…まだ言っちゃいます?それ」
そこまで信用がないのか、それ程彼女を不安にさせたか、どれだけ臨也さんを信用してるのか、なんてわからないし、知りたくもないので俺は苦笑いしたあとに彼女の耳元で言った。
「それ以上疑うなら、食べちゃいますよ?」
「それ、この間のアニメの台詞」
「…リコさんムード壊すの禁止っすよ」
「ぇ、ぁ、ごめん!」
ごめん、で済むならケーサツはいらないってやつだけど、ごめん、で済んじゃう俺は軽く頭を振って持ち直して、なおもあわあわと挙動不審な彼女の口を塞いだら、足元のバリケードがバサバサと音を立てて崩れ落ちたので、折れ曲がってなきゃいいな、なんて思った。
(遊馬崎くんごめんね)
(なんすか)
(ページ、折っちゃって)
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