コケモモのジャムが少し焦げたのを見て、ちびのミイが鼻で笑ったので、私は少しだけ気を悪くしながら鍋の火を消した。
すると少しだけ静かになった室内に、こんこんと音が響いたので、辺りを見回すと、まだ春の手前のフィンランドは少し薄暗くあることを風が窓を叩いて教えてくれた。
「外はまだ寒いかな?」
「アンタが外に出れば分かるわ!」
そうでしょう?とちびのミイは焼き上がったパンケーキの端っこを捲りながら言ったかと思うとおもむろに引きちぎり口へ運んだ。
「あ、こら!ミィ」
「いいじゃない、パンケーキはまだ沢山あるんだから」
と、ちびのミイは私の傍にあるボウルを指差す。
「大体リコは作り過ぎ」
「だって、すぐ無くなるし」
「ムーミントロールの一家はまだ冬眠してるのに?」
ちびのミイは一瞬難しい顔をして外を眺めたかと思うと、パッと表情を変えて飛び跳ねて笑う。
「スナフキンね!そうでしょう?」
なんて大声を出して言うもんだから、私は思わずコケモモのジャムを入れるために用意した瓶の蓋を落としそうになった。
「ぇっ、や、違…」
「何よ、アンタ隠してるつもりだったの?」
残念だけど、アンタの態度はバレバレよ!まるでスニフが酔って吐きそうなくらいにね!とちびのミイは胸を張るのを見ながら、私は少し落ち着かないまま、ジャムの入っている鍋を傾けて瓶に流し込む。
「でも悔しいわ」
「え?」
「アタシの方がリコのこと好きなのに」
あんな何もかもが薄汚いヤツのどこがいいのかしら、とジャムがゆっくりと瓶に重なり詰み重なっていくのを見ながら、ちびのミイはパンケーキを齧った。
「ねぇ、リコ」
「なぁに?ぁ、ミイまたつまみ食い!」
「気のせいよ、それよりリコはアタシが好きよね」
「うん、好きよ」
「じゃぁ一番?」
そりゃあミイの事は、と口を開こうとしたら、ぱくっと何かにその口を塞がれて空気が詰まった。
「その質問には答えられないよ」
そう思った瞬間、耳に流れ込んできたのは甘い甘い春みたいな柔らかい声。
「何故ならリコの1番は僕だからね」
「アンタいけすかないのよ」
「相変わらず口が悪いね、おちびさんは」
ふ、と耳元で風が揺れて口を塞いでいた(らしい)手が離れた。そして彼は目の前に重ねられたパンケーキをちびのミイと同じように、手に取ってぱくりと食べた。
「あ」
「うん、美味しい」
「当たり前よ、リコが作ってるんだから」
ふふん、とちびのミイが胸を反らすとスナフキンは少し苦笑いしながら、そうだねって言ったかと思うと、ふいにこちらを向いて言う。
「リコ」
「な、なに?」
「コケモモのジャム、どうして焦げたんだい?」
「アンタの事を考えてたのよ、どうせ」
悔しいから、アンタは海で溺れてイカに食べられれば良かったのに!とちびのミイは言った。
でも、その答えにスナフキンは全く同意せずに、まっすぐ私の方を見ていたから、いよいよ胸の奥にしまっておいた本音を口から出さずにはいられなかった。
「スナフキンが」
「うん」
「春になったらムーミントロールよりも先に内緒で私に会いに来るっていうから…だから、窓越しに春を探して待ってたら、コケモモのジャムが焦げてしまって」
それで、と言葉を継ぎ足そうとした私の口の前に、長い指がとまる。
「リコ」
「何?」
「ありがとう」
そのコケモモは焦げるしか無かったんだろうよ、だってそう決まっていたんだから。
ってスナフキンが言ったら、横でちびのミイは笑った。
「コケモモにしたらいい迷惑よ」
なんて、笑った。
これはムーミントロールが目を覚ます2日前のことで、ムーミン谷に春を知らせるの大砲が鳴る8時間前のことで、スナフキンとキスをする1分前の事。
ちびのミイが、またすぐに食べかけのパンケーキを口に含んで、窓の外を見たら、少しだけ空が明るくなっていた。
(ただいま)
(おかえりなさい)
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