髪の毛は引っ掻き回したのかいつもよりボサボサになっていて、しかも家の外だというのに相変わらず上下真っ黒のスエットで、目の下にはうっすらと隈を作って。
そんな微妙な姿のまま、にーづま先生は10分前にアポ無しで家に押し掛けてきたかと思うと、問答無用で私の手に大きな茶封筒を押し付け、そして今はお構い無く!と言い切っていたはずのコーヒーをグイッと飲み込んでいたので、私はどうしたもんかと止まっていた思考を奮い立たせるかのように口を開いた。

「にーづま先生」
「何でしょうか」
「私はどうすれば」
「…頭悪いです?普通読みますよ」
「読んでいいんですか?」

頭が悪いと一蹴されたが、目の前にいるのは今をときめく超絶人気漫画家のにーづま先生で。
そんな先生が渡した茶封筒には当然漫画が納められているに違いなくて、未発表の原稿を担当さんより早く読んでいいかどうかとか普通は悩んじゃうでしょ?とかなんかいっぱい思いながら(所謂悪態ってやつ)私は原稿をゆっくりと取り出した。

それはずっしりと本よりも重たくてちょっとだけ冷たい大きな原稿用紙にはたくさんのインクの香りと修正だとかの跡があって思わず息を飲む。
ずぶの素人の私でさえそれは本気の、魂全部が注がれていることがわかって、少しだけページを捲る指が震えた。

シュッって紙が擦れる音が進むごとに、壁に掛けてある時計の秒針が動くごとに、私の中で広がる純粋な疑問。

「にーづま先生」
「読みました?」
「や、まだなんですけど」
「なら、」
「何故?」

にーづま先生は少年誌の漫画家ですよね?と首を傾げたら、目の前のにーづま先生はニヤリと悪意の無い、それでいて妙に得意げな顔で、声で言う。

「僕は天才ですから」
「おごれる人もなんちゃらですよ」
「…リコさんて案外言いますよね」
「にーづま先生よりは」

マシです、なんて言いながらも原稿を読んでいたら、はぁぁ、と大きなため息を吐いてにーづま先生は立ち上がる。
そしてなんか少しだけ面倒臭そうに腕を腰に当てて私を見て口を開いた。

「で?」
「え?」
「感想は?」
「何で少女漫画なんですか?」
「え、そこです?」
「違うんですか?」

違います、違うんです、もう、何で、普通はそうじゃないです!!そうやって、わざとらしくきぃきぃとヒステリックに叫んでにーづま先生は続ける。

「内容です!内容ですよ!!」
「え、と…変わった話ですよね、新人漫画家と一般人の恋愛物語」

そう言ってにーづま先生を見ると、それはもうスッゴい顔で、後ろに背負っていた羽がカツーンと音を立てて床に落ちた。

「意地悪ですか?」
「へ?何が」
「っていうか、わざとです?」
「え?わざとって」
「本気ならどん引きですよ」
「にーづま先生に引かれたら人生終わっちゃいます」

だって、明らかににーづま先生の方が、ゴニョゴニョ。
なんて口の中で吐き出しそうなセリフを咀嚼していたら、じゃぁって、唐突に話を結ぶ意味のない接続語が耳に入って、そして思わず目を丸くした。

「どうせ終わる人生なら僕に下さい」
「それはつまり」
「純愛モノに憧れました」
「ですよね」
「でも」
「でも?」
「本気です、リコさん僕の側で人生終わるまで生きてください」

キラリって、にーづま先生の瞳が光った気がした瞬間に、そこで漸く私は気付いたのだ。

「にーづま先生」
「何でしょう」
「あなた恥ずかしい人ですね」
「まぁリコさんには適いませんケド」
「そんなにですか」
「顔真っ赤で見てて恥ずかしいです」

耳が、その言葉を次の瞬間頬に冷たい感触が走った。

「本当は平丸せんせーがこの間しゃべってたカッコイイ男ってやつを演じたいんですケド」
「けど?」
「僕はどうやら腰抜けなんで」

そう言って、にーづま先生がちょっとだけ見たことない顔で笑って、触れたままの手の甲で頬をすいっと撫でて、そして離れた。

「リコさん」
「は、はい」
「次、来たとき感想聞きますんで」
「ぇ、っと」
「あとそのマンガのラストはリコさん次第で変わりますから」
「え?!」
「だから」

期待してます、と、にーづま先生は書き手というよりも漫画の中の主人公みたいに(私には少なくともそう見えた)笑って言った。



(しかしにーづま先生の少女漫画って貴重だ)


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