カラスみたいな夜の群れがやってくる頃合い、夕日が沈む前にぐらぐらと揺れて光るその中で、シュッて飛行機雲が珍しく白く直線を引いていたので、思わず彗星みたいだと呟いたら、ガードレールに腰を掛けていた彼が、へぇっと何ら情のない感嘆の声を上げた。
「リコちゃんてロマンチスト?」
「だって何か珍しいから」
と、指をさすと上空は風が吹いてないのだろう、雲のない空に相変わらず真っ直ぐ伸びる白線が、それを引く機体が、黄金色に輝く夕日を浴びて光る。
「UFOだったらどうしよう」
「そいつは愉快だ」
ハハハ、と相変わらず乾いた笑声で笑う臨也くんを見て、怖くないの?って聞いてみたら、全然怖くないさ、と返ってきたので、私は少し口を尖らせて臨也くんさぁーって言葉を吐きだした。
「怖いものないの?」
「どうして?」
どうして?と聞かれても、と私は口ごもるが無いのは明白だった。
なぜなら、彼は以前、首なしライダーもヤクザさんもあの平和島静雄も怖くないと言った。
その前に聞いたらオバケどころか生首だって平気だって言ってた(生首なんて、私なら卒倒する)。
そして今回はUFOも怖くないって言い切ったので、いよいよ彼に弱点の類は無いんじゃないかなって思って彼を見たら、案の定笑ってあっさりと「あるよ」と言った。
ほらやっぱり。
やっぱり―――…。
「…あるの?」
「心外だなぁリコちゃんは俺を何だと思ってるの?」
そう言って私に問いかけたように見せて、臨也くんは少しだけ早口に、なんだか妙に恭しく言葉を繋げる。
「俺は人間に嫌われるのが怖い」
「人間に?」
「そう、愛してやまない人間に嫌いだとはっきり憎悪を突きつけられるのが怖い。何故なら俺は人間を愛しているからだ。だから、」
バチっと、視線が合った。
そしてその視線の向こう側で、キラリと飛行機が光って高い高いビルに消えた時、臨也くんの甘ったるい声が響いた。
「俺を嫌いにならないでくれ」
「それは」
いつにない、彼の目を見ているとぐるぐると動き出すのは街中の人の波か、それとも私の血液か、夜の群れか、思考か。
「告白?」
「どうだろうか」
「…臨也くんのそーいう所嫌い」
「言った側から言う?」
「だってはぐらかすんだもん。嫌い」
「酷いなぁ俺はこんなにも愛してるのに」
「それは人間でしょう?」
「リコちゃんっていう人間だよ」
例えばさっきの飛行機が彗星やUFOだったとしても、夜がこのまま引き下がって朝に飛んだとしても、首なしライダーがオバケと一緒に今現れても多分私は怖いとかそう言う感情は抱けないかもしれない。
「それは、私?」
「さぁ」
「…もー!何なのー!」
何故なら深くなった夜を照らす街灯の明かりの下で、私は彼が放った爆弾(みたいな発言にしか聞こえない)によって出来たもやもやとした感情を消化するのに必死だからで。
そんな中、頭の上でいつの間にか光っていたのは飛行機雲みたいに細い月だった。
(臨也くんは本当にいけ好かない!)
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