※檎ちゃんの事が好きな子との話




「全然勝ち目ないじゃない!」

うわん!と一際大きな声で吠えたあと、馬鹿みたいにぐずぐずと泣く女はこの花街では奇異に映る。流石に往来で泣かれるのもあれなので、手頃な甘味処に連れ入れば、手前に運ばれてきた餡蜜を突付きながら言葉を続けた。

「そもそもあんな可愛い子居たなら最初から言えって言うのよ」

泣きながらもぱくりと白玉を口に含むのはリコ。不喜処に勤める野干のガキで、ざっくり言えば檎なんかに気があるらしい。あの甲斐性なしの何処が良いのやらと聞けば、全部!なんて平気で答えるくらいに檎に盲目な筈だが、どうにも先程目にした光景が余程堪えたらしい。口を開けば開くほど目からはぼろぼろと涙が零れていた。

「お前ぇ、泣くか食うか喋るかどれか1つに出来ニャーのかィ」
「だってだって」

そう言いながらももう一口、今度は蜜柑を口に含む。
言ったって聞きやしないから深く突っ込まずに続きを促すと、待ってましたとばかりに零れる愚痴。愚痴。愚痴。日頃聞く事の無い後ろ向きの言葉は、相当溜め込んでいやがったのか、一向に止まる事の無い。これはもしかして朝まで付き合えとかそういうコースか?と冷やりとした所で、蜜豆を奥歯で噛んだリコがスプーンを止めた。

「とっても可愛い女の子だったの」

ぽつりと言った言葉は、きっと本心なんだろう。
たった一言に沢山の感情が込められているに違いない。羨望と嫉妬と憧憬と卑下。
可愛いは正義だと誰かが声高にしていたけれど、此ればかりは本人の努力で埋めるには限界があるので下手に慰める気も引ける、と来れば後は聞くに徹する事しか出来ない。

「どんな風に」
「もう造形から違うの。顔もちっちゃいし、細いし、お人形さんみたい」
「ふぅん」
「それにね、髪の毛も長いしツヤツヤだし、目だってパッチリしてたし」
「化粧じゃニャーの?」
「あれは絶対違う、って言うかお化粧したらきっともっと可愛いに決まってる」
「そーかィ」
「もーなんて言えばいいんだろう、例えばアイドルみたいな?あ、マキミキのミキちゃん!そう、ミキちゃんにそっくりだった!」
「・・・ほぉ」

その名前を聞いて、真相が一気に拓ける。
リコが言う「檎ちゃんが凄く楽しそうに話してた」と言うのも理解が出来るし「凄く親しいのか、珍しく頭なんて撫でてたの」と言うのも納得が行く。
全てはそのミキちゃんみたいな子に対しての仕草だとすれば、出て来る答えは一目瞭然なのだが、そう言えばリコは何にも知らないはずだ。

ふー、と溜息を吐く。
嗚呼、全くもって馬鹿らしい。結局惚れた腫れたと言うのは総じて数式みたいな物だ。
要点さえ抑えれば解も見えてくるというのに。

「あーあ、もうやだな」

ぐすん、と自分の髪の先を抓んで不貞腐れるように口を尖らすリコに、スプーンで掬ってやったアイスクリームを差し出す。抹茶、黒蜜掛け。
自分でも柄では無いと思ったが、どうにもリコが不貞腐れるのには弱いようだ。
一瞬目を真ん丸にさせたリコは、漸く理解したのかそのまま何の戸惑いもなく、パクリと口へ運び、そうして涙で濡れた目を細め、「美味しい」とふわりと笑うのだから、全く持って危機感とかそう言うのが無いなと思う。
もし此れがわっちじゃなくてそこいらの男だったら、きっとあっさりと取って食われるぞと、思いつつ視線をずらすと、いつもの何倍も冷えた目で此方を睨みつける男と視線がかち合う。

「子守りしてやってただけニャのに、睨まれるたぁ割りに合わんな」
「いやスマンかった。じゃが万が一があっても困るんでな」

ヌハハと悪意の無さそうな笑みをこちらに向けて近づく檎と反対に、ガタンを席を立つ。するとリコが困ったような顔をして「小判ちゃん?」なんて引き止めようと腕を伸ばすが、それをするりとかわす。
残念ながらこの先に起こる事を特等席で出歯亀をしようたってそんなのは全然面白くないのだ。(寧ろ罰ゲームか何かに近ぇに決まってら)

「精々泣かれろ」
「そりゃ参った」

そう言って悪態吐きつつ擦れ違った際に見上げた檎の服は多少乱れてて、あの後必死に探し回ったんだろうなと思うと、じわじわと笑いが込み上げて来て。

「リコ」
「な、何?」
「安心しろィ、そいつぁもうお前さん以外眼中にニャァよ」
「へ?」
「ちょ!!小判にゃん?!何勝手に・・・!」
「因みに全部檎の奢りさね」

沢山食えよ、と後ろ手を振り店を出たら、相も変わらず花街は店に入ってきた時と同じくらい雑然としたまま、今日もあちらこちらで恋が色めくのだった。



( やってらんニャーよ )


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