いつもだいたい同じ時間にわざわざ息を切らしてまで走ってくる。
それを何でもない事のように瞬きひとつで受け止めながら居たら、たった今の今まで走っていた少女は足を止め、そうしてぜぇぜぇと少し苦しそうに肩で息をしながら話しかけてくるのだ。

「小判ちゃん、久しぶり」
「よぅ」
「ねぇ、檎ちゃんは?」
「さァてね」

直ぐにそれかィとからかい半分で口にしたら、少女、もといリコは漸く息を落ち着けたのかへらりと笑いながら「ごめんね」なんて言う。さらには「だって、ねぇ」なんて意味あり気な言葉を含み、そうしてそれ以上は口には出さずに飲み込むのだから随分と性質が悪かった。(とは言えそれを突っ込めるほどの気概は無い)
しゃんしゃんと今日も花街は姦しく鈴が笑い声と共に鳴く。それを合図に所謂昼間は静かだった街も徐々に活気付いていく。向かいの店の提灯が灯り、隣の店に暖簾が掛かってそうして腰掛が出ているこの妓楼もそろそろ動くだろう、そんな時、リコがそっと腰を掛けたのはすぐ隣。

「あ、檎ちゃんってばこんな所に煙管置いてる」
「ぁー、忙しいんでねぇの?」
「かもね、この間もう1軒お店開けたって言ってたし」

そう言ったきり、暫らくの間空白が生まれる。だがその空白はちっとも苦ではない空白で、下手すれば眠る事すら出来るのでは無いかと錯覚してしまう。
そんな中で、ちらりと目を向ければくるくると拙い手で煙管を弄び、そうして管をそっと指でなぞりながら居たリコが、「ねー」なんて気の抜けた声を上げた。

「檎ちゃんさ、今日もう会えないかな」
「おめぇさん毎日会ってんだろ」
「そ、だから連続記録途絶えて悔しい」
「何でィそりゃ」

けらけらと何が嬉しいのやら笑うリコは、ふとした瞬間に、はー!なんてワザとらしいため息を吐いて薄暗い空を仰いでいたかと思うと、次には「帰ろ」なんて答えを出していた。

「帰るんかィ?」
「うん、もう直ぐお店開いちゃうし」

邪魔はしたくない、と前に言っていたのをぼんやり思い出しつつ居ると、リコの着物が腰掛を擦る。そうして不意に頭をぐしゃりと急に撫でたので慌てて上を向くと、いつものように少し寂しそうな顔をして笑っているリコが居た。

「じゃ、小判ちゃんまたね」
「・・・おぅ」

未練があります、と言わんばかりに幾度か振り向いて遠退いていくリコを見送った後、リコがそっと元の場所に戻していった煙管を手に取る。
そうしてぱくりと咥え、懐にしまっていた火を取り出して擦り合わせた種火を燃やす。
その間にもしゃんしゃんと鳴く花街は色を付けて、いつの間にやら沢山の鬼や野干が往来を賑わいを見せており、今日も忙しくなりそうだと1人ごちたその時、トン、と腰掛に軽い衝撃が走る。
ちらりとそちらのほうへ目を向けると、怪訝そうな顔をした小判ニャンがこちらを見ていた。

「ひでぇ面してんなァ、ゴン振られたか」
「失礼な。反省しとんじゃて」
「ぉ?何やらかしたんでィ」
「いやぁ久々に人を騙くらかしてみたんじゃが、どうもすんなり騙される子でのぉ。ちぃとばかし良心が痛むと言うか何と言うか」
「狐が化けるのは今に始まった事じゃねぇだろ」
「いやぁ、連続記録を止めてしもうたでな」
「はぁ?」

訳がわからないと言わんばかりに目を細める小判ニャンの頭を彼女と同じようにぐしゃりと撫で、そうして痛む良心を慰めるように肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出す。
その際に明日もきっとだいたい同じ時間に来るだろうリコの姿を浮かべ、どう謝ろうかなんて柄にも無い事を思いながら目覚めていく花街の中に足を進めるのであった。



( はて、毎日会いに来る理由とは )


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