朝から何やら忙しそうに電話をしていた姿を見て、大方誰かと予定がブッキングしたのだろうと思っていたが、どうやら事情はちょっと違うらしい。
「ごめんねー」と優しい声色で謝りつつ聞き手を紙の上でさらさらと動かす白澤様から、ちょっとした難題を叩き付けられたのは30分は前の事だった。

「桃タローくん」
「何でしょう」

電話を片手に、歩いてきた白澤様に背後から声を掛けられる。
何事かと振り向くと、少しだけ眉根を下げて白澤様は俺に言った。

「ちょっと僕手が話せなくて、代わりに探してきてくれない?」
「良いですよ。でも何を」
「マイメロちゃん」
「は?」
「詳しくはその紙に書い・・・、そー!僕だよー元気??」

しかし全てを言い切る前に、相手が出たのか白澤様はくるりと踵を返し、そうして話に花を咲かせてしまう。そうして俺の手元に残ったのは1枚の紙と白澤画伯の新作絵。
うわ何これ怖い!と内心怯えつつ良心的に添えられた図説のような解説のような文字を目で追うと、仙桃畑の近くに住む生き物で赤くて、白くて、耳が片方折れてる、という事がわかった(ような分からないような)ので、取り敢えず探して来いと言われた手前、よし行くかと俺は腰を上げたのだった。

そうしてそれから30分。
行けど景色は絶えずして春爛漫状態の桃源郷。色鮮やかな木々や山々を横目に指定された仙桃畑に辿り着いた。
剪定されている木々には食べごろに熟した仙桃が鈴生りになっていて、そうして甘い香りで満たされていた。その中を目を凝らしつつ歩いていると、足元にはフンフンと侵入者である俺の事を警戒してからなのか何匹ものうさぎが匂いを嗅ぎにやって来る。
ただその中には見覚えのある緑色の頭巾を被せられた所謂薬剤師うさぎも居て、嗚呼、暫らく見ないと思っていたらこんな所で働いていたのか、なんて酷く感心したりもしていたところで、視界の隅を何かが横切ったのが見えた。

「あ」

それを追いかけるように視線を向けると、其処に居たのは緑色の頭巾では無い色の頭巾を被ったうさぎ。色は赤。そして体は白く、片耳はぺたんと伏せっていて、30分前に白澤様に頂いた紙で読んだ文字と大きく合致した。





「ただいま戻りましたー」

そう言いながら極楽満月の扉を潜ると、既に電話は終えて手持ち無沙汰になっていたのだろうか白澤様が「おかえりー」と笑顔で迎えてくれた。
たが白澤様はすぐに俺から視線を下へずらして、そうして実に嬉しそうな顔をしながらしゃがみ込み、俺の時とは全く違った声色で言うのだった。

「好久不見」

なんて、にこにこと笑いながら手を伸ばす白澤様の手から逃れる事無く大人しく頭を撫でられる小さなうさぎは先程の仙桃畑から連れて来たうさぎ。逃げられるかと思ったが、白澤様の名前を出すと随分とすんなりと付いて来てくれたのだ。
だからもしかして知り合いかと踏んでいたのだが、案の定。白澤様はうさぎに何か色々話し掛け、白衣をごそごそしたかと思うと、うさぎの目の前にそれをぶら提げる様にして見せたのだった。

それは朱色の、いつも白澤様の耳に付いていた筈のピアス。
ただいつもと違うのは、先が壊れすっかり解れてしまっている事。

「これ、直して欲しいんだよね」

嗚呼成る程。その為にわざわざ呼んだのか、と納得しそうだった俺に新たな疑問が生まれる。果たしてうさぎに直せるのか?と言う疑問だ。いやいやまさかと頭を振り、白澤様をもう一度見ようと思えば、彼は足早にうさぎと一緒に自室へと消えていく。
さらには「桃タローくん、暫らくこの部屋入っちゃ駄目だよ」なんて謎の釘を刺す。
入っちゃ駄目というのは詰まるところ入ってきていいよの意味だろうか、いやいやそれとも文字通りに受け取ればいいんだろうか。
だなんて考えこそすれ、結局は入ったところで良い事も無いだろうしと、此処へ勤め始めた経験上大分分かってきていたので、俺は当然部屋に入る事も無く、お茶の準備をしに台所へと立つのだった。

そうして5分。
お湯がぐらぐらと煮えてきたところで、あっさりと白澤様が入っていった部屋の扉が開く。そうして「桃タローくん見てみて〜」なんて声がしたので、振り返ったその時、うっかり手を滑らせて湯飲みを落とさなかった自分を全力で褒めたい。

「じゃーんマイメロちゃんでーす」
「は?」
「ちがう、わたしなまえある」
「えぇーこの渾名可愛いのに」
「いろいろまずい」

そう言ってにこにこ笑う白澤様の横で少し怒った様に彼を見上げるのは、赤色の頭巾を被った色の白い少女。全く見覚えの無いはずの少女だが、彼女が被っている頭巾の色には酷く見覚えがあった。嗚呼、確か少し前に同じ色の頭巾を被っているうさぎを見たなと色んな思考を総動員していやいやいやいやと考え付く可能性を全否定しようとしていた所で、「さっきのうさぎさんなんだよ!」と白澤様は盛大にそれを肯定する台詞を吐いたのだった。





神様って何でもありかよ、と内心で毒吐いたのはきっとすっかりお見通しってヤツなんだろう。白澤様は俺が淹れたお茶を啜りながら「ちょっと昔色々あってね」なんて随分とざっくりした所謂昔話をしてくれた。

散々酔っていたその日、暇だからと店で働いていた従業員のうさぎを一匹とっ捕まえて、そーれ!なんて神様の力でどうにかしたら、うさぎは立派な人型へと姿を変えた。そこまでならまだしも、その姿が随分と可愛い女の子だったもんで、それじゃぁ緑の頭巾より赤だろうってんで頭に赤い布を被せたら、中途半端に残った耳も相まって、あれ?現世で見たことあるアレに似てる気がする。嗚呼そうだー!なんて事があって何やかんや。

「いや別に俺渾名の由来が知りたいわけじゃなくて」
「もー桃タローくんせっかち。そんなんじゃ女の子にモテないよー」
「別にモテなくても」
「えぇー・・・でも興味あるでしょ?」
「いやまぁ無いとは言いませんけど」

絡み方が飲んだ後のようだとは思いこそ口にせず。
冷める前にとお茶を喉に通す。少しだけ炒ったその茶葉の香ばしい香りが鼻へと抜けた時、白澤様はへらりと笑った。

「でもまぁーマイメロちゃんはあげないよ」
「またその渾名・・・彼女ちゃんと名前あるんでしょう?」
「うん、リコちゃん。ちなみに僕が付けた」

可愛いデショ、と白澤様は湯飲みを机に置いてそのままゆっくりと隣へ手を伸ばす。
そうしてゆっくりとゆっくりと下ろした先には黙々と紐を編む、えぇっと、リコちゃん。その指は細かい細工をいとも簡単に拵えて、そうして先程までボロボロに見えていた白澤様のピアスが実に見事に生まれ変わっていた。

「あ、その蜻蛉玉の色可愛いね」
「もりでひろった」
「ちょっリコちゃん、そこは買ってよ。一体誰のなの」
「さぁ」

知らないとばかりに白澤様の顔も見ずに黙々と作り続けるリコちゃんは、曰く森で拾った小さな蜻蛉玉をピアスの飾りとして使う。それを苦笑いこそすれ止めないで居る白澤様の顔は完全にだらしないまま、もう一度リコちゃんの頭を撫でる。
その姿を見て、俺は朝から電話で謝りまくってた白澤様の姿を思い出して納得する。
如何なる時でも、何人でも、来るもの拒まず侍らす白澤様がこの有様なのだ。
どの有様って、有り体に言えばデレデレと言うやつか。

「白澤様ってリコちゃんの事大好きなんですね」
「えー、だって可愛いでしょ?娘みたいで」
「あ、彼女ではないんですね」
「まぁ名付けちゃったらねー。それに彼女にするならもうちょっと色々大きくなってからかなぁーって事で、今は娘だね」
「あはは、ならもしリコちゃんがお嫁に行くってなったら大変ですね」

娘はやらんぞ!なんて昔昔どこかの家の親父が大声で怒鳴っていた事を思い出す。
きっと白澤様もこのタイプだろうと思い、何となく声を掛けたら、白澤様は哈哈哈哈〜と笑いながらリコちゃんの頭を撫でる手を止めた。

「・・・リコちゃん僕のお嫁さんになるんだもんね」
「やだ、くさい」
「・・・もしかして森に彼氏いちゃったりするの?」
「せくはらだめ、ぜったい」
「・・・桃タローくん、僕ちょっと森に」
「白澤様その顔は森に行く顔じゃありません」

はいしどーどー。
がたりと席を立ち、冗談をびっくりするほど正面から受け取ってしまった白澤様を宥め、からかったら面倒くさかった事を若干忘れていた自分を恨めしく思いながら、まぁまぁと言葉を濁していたら、白澤様の白衣の端に小さな手が伸びて裾を引く。

「なおった」

なんて小さなその一言で、ひと狩行こうとしていた白澤様の顔はすっかり元のだらしない顔に戻り、その上よく分からない怒りに任せて握り込まれていた手はそのままリコちゃんの頭を抱え込む。

「謝謝!ありがとーさっすがリコちゃん!仕事が速い上手い素敵」
「はくたくさま、いたいはなれて」
「それは無理だよ」
「くさい」
「・・・さっきも言ってたけど、僕そんなに臭い?」
「はながいたい」
「そんなに!?」

ジタバタするリコちゃんを抱え込んだまま、自分の着ている服の匂いを必死で嗅ぐ白澤様を見て、嗚呼今日も平和で善き哉善き哉。なんて生前俺を大事に育ててくれたおじいさんの言葉が頭に過ぎるばかりだった。



( 結局彼女の事はよく分からないまま )


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