げんなりとした空気を察してくれる人は皆無である。
そればかりか非常に奇異的なものを見るような目で見られ、やんややんやと囃し立てられるばかりで、正直なところもう返す言葉も無いような状態だ。
とは言え、最初はかなりどうにかこうにか頑張りこそすれ、この様なやり取りも最早2年目に突入しようとしていたので、今更どうもこうもないのだと知った。
が、しかしいくらお座成りな空気の中でも越えられては困る一線というものは存在する。ああでもない、こうでもないと言葉を繰り出しては思い切り手でガードするしかないのだ。それが例え冷たい風が吹くカフェテラスでも、だ。

「優山坊ちゃん、助けてくださいよ」
「やだよもう面倒くさいし」
「あんたの婚約者でしょう?!」
「えーでも、絶対リコちゃんは俺より安藤が好きじゃん」
「大丈夫、優山くんも好きだよ。安藤の次に」
「ほらー」

ね?なんて全く希望の光も無い視線を寄越したあと、坊ちゃんは手に持っていた雑誌に目を落しながら、運ばれてきていたドーナツに手を伸ばす。なんでもない表情の割りに、ちょいちょい喰い込んで来るテレクラの広告にどぎまぎしてるんだろう、わなわなと震える唇に、ぼろぼろと零れ落ちるドーナツの欠片にやれやれーなんて思っていると、そろりそろりと伸びた手が服に掛かる。

「痴態はやめてくださいねー」
「合意の上なら問題ないでしょう?」
「あ、合意してないんで」

そこんとこよろしくお願いします、とばかりに白い手の甲を少しだけ力を込めて叩くと、「いた」と比較的小さな悲鳴が上がって、そうしてブツクサと言いながら引っ込んだ。やっと大人しくなったかとため息を零すと、今度は手の代わりに思い切り体中に負荷が掛かる。どん、と飛び掛る。言うなれば迷子の子供が母を見つけて駆け寄って飛びついた位のそんな衝撃。しかもあろうことかテーブル無視の物理的に無理な体勢だ。外だから大丈夫だろうと油断していた面があったのも否めないが、だがしかしそれもこれも全部ひっくるめて不意打ちは無理だ。。

「…お嬢様」
「リコ」
「リコお嬢様」
「何?」
「ギブです、この体勢は非常に拙いです」

ただでさえもう年を食って、若い子とは違う。無理な体勢をしたらその分だけ体に負荷として加わってくる事を知らんのだろう。リコお嬢様は「えー」だの「うー」だのと言って、そろそろと体に巻きつけていた手を解いた。

「安藤ってば軟弱者ね」
「強者が良ければ他を当たって下さい」
「でもそこが好き」
「でしたら坊ちゃまも軟弱者ですよ」
「あ?安藤もういっぺん言ってみやがれ」
「こりゃ失礼、どうて「しね」

バァンとおおよそ本とは思えない音を立てて飛んできたその本が顔面に当たって、そうして同時に、ふん!と坊ちゃまの息巻く声が聞こえる。冗談に対してこの仕打ちは何とまぁ…と顔を抑えて立ち上がろうとした時、ヌルリとした違和感。

「あ」
「あ」
「あ」

「あ」がかつて無い程綺麗に重なった。その際手の平に付いている血を視認して。これは一体どうしたもんかなと頭を捻る。ティッシュを突っ込むのは絵面的に頂けないし、第一外で鼻にティッシュを突っ込むという行為も良くは無い。しかし鼻頭を押さえて〜なんて本を投げた坊ちゃんへの当て付けみたいで好ましくない。(現に坊ちゃんは心なしかおろおろしながらポケットティッシュを探している)となれば、さっさとトイレで顔を洗ってきますかね、と考え、適当な言葉を吐いて立ち上がろうとした時。

「安藤」
「はい?」

大してでかくもない自分の目が、迫ってくるリコお嬢様の姿を捉える。
例えるならばシュミレーションゲームのおいしいイベントスチル。なまじ美人がチロリと赤い舌を出して、憂いを孕んだ目、甘い吐息で近づくだなんて、そんなそんな。

「リコお嬢様、大変アウトです」
「何でよ、介抱してあげようと思っただけよ」
「それは介抱ではありません、変態です」
「何でよー」

がっつりと迫ってくる顔に手を掛けてガードする。
そうして再三の助けを求める為に優山坊ちゃまへ視線を寄越すが、嗚呼駄目だ。見つけたのであろうポケットティッシュを片手に使い物になりゃしない程に真っ赤に顔を染めて固まってらっしゃる。いやはやなんとも滑稽極まり無い姿でありまして。

「リコお嬢様」
「何かしら安藤」
「顔を洗って来ますので、坊ちゃんの面倒をよろしくお願いいたします」
「もー優山くんったら免疫無さすぎ」
「それとリコお嬢様」
「何よ」
「悪い男に声を掛けられてもホイホイと付いて行かんで下さいね」
「それは例えば安藤みたいな男かしら?」
「かもしれませんな」

そういうと、リコお嬢様は大きな目をパチパチしたあと、くすくすと笑って「じゃぁそのお願いは聞けないかもしれない」なんて笑っているので、嗚呼面倒くさいな、なんて思いながら絶えず流れ落ちてくる鼻血を必死に右手で拭って言う。

「自分からのお願いですよ」
「…なら、仕方ないわね」

なんて、本当に本当に。
優山坊ちゃまは初心で、リコお嬢様は聞き訳が良い。
これだからどうにもこうにも世間体とか全部取っ払って今の位置に落ち着かざるを得ないのだ。


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