何よりも信頼に足るモノだった。
従者、とも違う。同胞、とも違う。言い得るなら彼女は狗だった。
側にいて、互いの意を汲み前へと向かう。時には慰め、叱咤すらした。
可愛い可愛い狗だった、筈、なのに。

「白龍皇子はわかってらっしゃらない」
「わかるわけないだろう」
「どうしてわからないって仰るか」
「それは、だって、そうだろう?」

飼い犬に手を噛まれる。まさにその一言に尽きる。
或る日、空が綺麗で、風が気持ちが良くて、花が咲き乱れて、最高に良い日の正午前。
擦り寄ってくる狗、否、リコの頭を撫でていたら、白龍皇子、と声を上げた狗が俺の上に被さった。
何だまたいつものじゃれ合いかとタカを括っていたら、リコはボロボロと大きな目から涙を流しながら言ったのだ。

「好きです」

それは晴天の霹靂。思わず振り払おうにも、リコがめそめそと泣いているので気が引ける。
しかし頭の中は混乱でいっぱいなので、どちらかというと、この場から逃げ去って姉上に相談して事の顛末を整理したい。この際青舜でも良い。そう思うくらいにはいっぱいだったのだが、どうにも無下にすることが出来ず、仕方なくリコが泣き止むまで待って居たというのに、だ。

わかってらっしゃらない。
人の気持ちがわからない。
何故分かってくれないのか。

途端堰を切ったように流れる愚痴にも似た言葉がリコの口から止めどなく溢れる。
それはたった一言の恨み節から始まって、今では何故だか俺の悪口にも似たモノに変わってきている。
鈍感だとか、愚鈍だとか、鈍重だとか。恐らく意味合いは1つであろうが、よくもまあポンポンと違う単語で飛び出るモノだと感心していたのも最初だけ。今では止むことのないソレに心を抉られ若干泣きたい気分でいっぱいだった。

ああ、もう。

「リコ」
「何です、白龍皇子のすかぽんたん」
「リコ」
「だから何です、白龍皇子のあほんだら」
「リコ」
「要件をどうぞです、白龍皇子のすっとこばーか」
「お前は俺にどうして欲しいんだ」

それと、あと、その、悪口やめてくれないか。
そう言うとリコはずずず、と行儀悪く鼻をすすり、そうしてぽつりと言うのだ。

「私は、人として貴方に触れて欲しい」

その一言!たった一言が俺に与えた衝撃たるや!
ガツンと頭の後ろから鈍器で殴られたような感覚。辺りが急に白く染まって煌々と星が舞い散る感覚。ザワザワと得体の知れない空気が辺りに渦巻いて地面を揺らしたような感覚。ドキドキと急激に体中に血液が巡り、ぐらぐらと煮え立つような錯覚。そして急に何もかもが桃色に染め上がるような幻覚。
それはたった今の今まで狗でしかなかった彼女があっという間に少女へと変わる瞬間を自覚した、と言っても過言ではない。そう思った瞬間リコを宥めていた俺の手が宙で止まった。
そう、止まってしまったのだ。例えるならばピタリ。まるで縫い止められたかのような。
何故動かない!このタイミングで何故!と思わず自分で自分に言ってしまいそうになる。そんな動かない右手から視線を外し、リコを見た時、少しだけ冷たい風が吹き抜ける。


嗚呼、しまった。


完全にやってしまった。
空が綺麗で、風が気持ちが良くて、花が咲き乱れて、最高に良い日の正午過ぎ。

「・・・白龍皇子の意気地無し」

バッと勢いを付けて俺から離れて走り去る「少女」の後ろ姿をただただ情けなく見送りながら漸く宙に浮いた手をだらしなく下げる。うっかり泣きそうだったが、まだ高い日差しの元。ぐっと奥歯を噛みしめることで何とか凌いだ。



(だって、俺はまだ女性の扱い方なんて知らない!)


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