「黄瀬くん」
「何スか、弘瀬さん」
「恋ってなぁに」
「また答えにくい話題っスね」
ずるずると行儀悪くシェイクをすする弘瀬さんを半ば呆れた様な目で見ると、例えばリスみたいな、そんな感じの目を細めてじとりと睨んでくるが、全然怖くないので、俺はそのまま無遠慮な言葉を投げかける。
「弘瀬さんも恋を知りたがる年になったって事っスかね」
「うわー大人ぶってる。私とおんなじ子供の癖に」
「弘瀬さんよりは子供じゃないっスよ、色々」
一人暮らしだし、仕事もしてるし、社会のつらさも、人間関係のゴタゴタも、バスケの楽しさも、恋だってセックスだって、そういうの全部知ってるし。
なんて思いながら居たら、弘瀬さんは大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、もう一度ずるずるとシェイクをすすりながら言った。
「どうせ、私は子供だもん」
「でしょうね」
シュークリームが好きで、犬が好きで、ピーマンが苦手、数学が苦手。美化委員だったかなんかそんなのだし、部活はあれだけバスケ部に誘ったのに部員が少ない文芸部とかいうやつだし、あと、誰とも付き合ったこと無いって誰かが言ってた。なんていうか根本的に俺とは違う。
なのになんでこうしてマジバで一緒に食べてるかって言うと、あれ、何でだっけ。
「でもまぁ弘瀬さん」
「何?」
「いいじゃん、子供でも」
「えぇぇぇ・・・」
よくない、なんて少しむくれてみせる弘瀬さんは、その行動がまんま子供だってこと気付いてないんじゃないかな、なんて思う。とは言え、俺は弘瀬さんよりちょっと大人なだけで、世間から言えばそりゃぁ子供だけど。うん。
ずるずるとシェイクをすする音だけが、小さい間を繋ぐ。それは酷く有り難いものの様、その実、酷く煩わしくもある。何故かって言えば、そりゃぁ。
「俺は好きっスよ、子供な弘瀬さん」
ずるずる、ずるずる。
例えばこういう余韻を遠慮なく断ち切って、そうして何も無かったみたいに時間を進めるからだ。ずるずる、ずるずる。終いには夢にでも出てくるんじゃないかって位の絶妙な音は止むことが無い。あまりに止まないもんだから、そのうち息の吸いすぎで苦しくなるんじゃないかってすら思って、俺は自分の口からストローを放して、そうして同じように弘瀬さんにも呼吸をするように促そうと彼女を見た、ら。
ずるずると音はそのままに、耳まで真っ赤になっている弘瀬さんが居て。
「弘瀬さん、顔」
「うぅぅううるさい!黄瀬くんうるさい!」
「え、何もしかしてドキドキしたとか?」
「だぁぁぁあまれぇぇぇ!!」
うぎゃー!なんてちょっと周りに迷惑なくらい、じたばた(っていうのか)している弘瀬さんの口から漸くストローが外れて、ずるずるという音は止んで、その代わりバニラの甘い香りがして。それが何だか新鮮で。
「ねぇねぇ弘瀬さん」
「ななな何ですか!」
「きっとそれが恋っスよ、恋」
「ち、ちが!」
「それとも何スか、お子様には刺激が強かったとか?」
なんてね。
チョロ甘モード全開で、大人の入り口にも立ってないようなそんな下らない会話が思ったよりもなんだか面白い気がして、俺はずるずるとシェイクを啜った後、何とも言えない状態になった弘瀬さんをからかう為にもう一度口を開いた。
「弘瀬さん、かぁーわいいー」
(まぁ、好きな子をしつこくからかう俺も子供ですけど)
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