「ほうほう君が黒子くん」

そう言われて振り返った瞬間に焚かれたフラッシュに視界を持っていかれ、思わずぐわーなんて気分になって目元を押さえて耐えていたら、「ごめんねー」なんて欠片も思っていないような声色で言われた。



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「私日向くんのクラスメイトで、新聞部で風紀委員で割と成績のいいの弘瀬リコって言うんだ。固めのグミとちょっと溶けかけたシェイクが好きなの」
「半分くらい別にどうでもいい情報ですね」
「あと、ちょっと可愛いと思うの」
「自分で言ってたらザマないです」

一体何なのだろうこの人。いや、名乗ったから一先ずは弘瀬先輩とでも呼んでおけばいいのだろうか。そう思って口を開こうとしたら、弘瀬先輩は笑いながら「リコちゃん先輩って呼んでね」なんて言ったので、ボクは仕方なく弘瀬先輩と呼ぶことにした。

「あれ、黒子くんってば遠慮しちゃって」
「いえ、会ってまだ3分しか経ってないんで」
「3分も経ったんだよ、だから私テツヤくんって呼んでもいい?」
「嫌です」

ボクが余りにも間を空けずに言ったもんだからか、弘瀬先輩はパチパチと大きな目を瞬かせて、そっかーなんて笑って「じゃぁ黒子くんね」なんて言った。
所謂ポジティブってやつなんだろうか。弘瀬先輩はにこにこと笑顔を崩さないまま、あのねあのねって余りにも気さくに話しかけ続けるので、嗚呼きっと長くなるんじゃないだろうかって、ボクはちょっとした覚悟を決めて、促されるまま体育館の近くにあるベンチに座った。

そうして数分後、ボクが得た情報の中から選り分けして事の発端を探る。
すると埋もれていた2割の情報うち片方に真実があった。

曰く、取材だそうな。

各部活の新入生を1人ずつピックアップして校内新聞に載せるっていう話で、誰を乗せるかは各部の部長のお伺いを立てて決めるらしい。故に拒否権は無いんだとかなんとか。実に傍迷惑だと思う。
そんな事を思っていたら不意に弘瀬先輩が「黒子くん?」なんて首を傾げた。
どうやらボクがさっき以上に弘瀬先輩の話を聞いていなかったのに気付いたらしい。
意外と敏い人なのかもしれない、と話に意識を戻すと、やはり気付いたのか弘瀬先輩はにこにこと笑いながら話を進めた。

「でね、火神くんにも一応この後話を聞こうと思ってるんだけど」

どこに居るんだろう、とか、どんな人だろう、とか。
そう言っている弘瀬先輩を見て、ボクははたと思い出す。そう何もその新聞の特集というやつにボクが載る必要は無いのだ。その記事に無愛想な顔で火神君が載れば、何の問題も無い。(火神君は、ちょっと怒りそうだけど)
そう思うや否や、ボクは今だぺらぺらと雑談交じりに話し続けている弘瀬先輩の目の前に、すっと手を上げて、「あの」と声を上げる。
すると弘瀬先輩はやっぱりにこにことしたまま、「どうしたのかな」なんて愛想のいい態度をとった。

「その特集、ボクよりも火神君が載るべきです」
「べき、ってどうしてそう思うの?」
「だって火神君はボクなんかよりも数倍も数十倍も凄い人で、背も高いし、それに圧倒的にボクなんかよりも強いし上手い。あと帰国子女で英語だって喋れるはずです」
「そう」
「それに火神君の方がボクなんかよりバスケ部の為になるんじゃ」

無いでしょうか、と続けようとした言葉は弘瀬先輩の予想外に冷たい視線で飲み込まれる。そうして、一瞬背筋がぎくりとした。何故かは知らないけど、確かにぎくりとした。その瞬間だった。

「黒子くんに決めた」
「え」
「私、黒子くんにする」
「、話聞いてましたか?」
「聞いた。聞きました。だから黒子くんにするの」

多分、聞いてないんじゃないだろうかとボクは思った。
何故ならボクは弘瀬先輩に火神君を載せてはどうかと薦めているわけで、今のボクの話を聞いたら、ボクを載せるなんて結論には至らないはずで。
思わず困惑の色を浮かべて弘瀬先輩を見る僕と裏腹に、弘瀬先輩は(何故だか)少しだけ拗ねた様に話し出した。

「黒子くんがそこまで言うなら、火神くんはきっと凄いんだと思う。まだ会ってはないけど」
「はい、彼は凄い人です」
「でも、黒子くんがそこまで「ボクなんか」って自分を卑下して言う必要はないと思う」
「・・・言ってましたか?」

そう問いかけると、弘瀬先輩はこくりと頷き、言葉を続ける。

「だから私は黒子くんにするの」
「結論の前に理由を下さい。唐突過ぎます」
「わかりなさいよ、男の子でしょう?」
「理不尽っていう言葉を思い出しました」
「黒子くんって時折不躾よね」
「すみません、無自覚です」

ボクがそう言うと、弘瀬先輩はにこにこしていた笑顔を少しだけ崩して、そうして手に持っていたペンをくるりと手で回して言った。

「私、シンデレラストーリーが好きなの」
「はい?」
「スター性の塊だろう火神くんが気にも留めて無かった黒子くんにある日突然足元を救われるの」
「全く意図が読めないんですが」
「つまり、真のスターは黒子くんなの」
「いえ、あの、ボクは」
「知ってる?星が引き立つのは光だけじゃ無理なの」
「また唐突な」
「影が立体を映し出してこそ、星は引き立つの」
「弘瀬先輩」
「ねぇ、黒子くん」
「・・・はい何ですか?もう何でもいい気がしてきましたけど」

全然話を聞かない弘瀬先輩に半ば呆れるように視線を寄越す。
それがきっと間違いだったんだろう。
いつの間にか回していたペンは弘瀬先輩の手に納まって、ぎゅっと硬く握られていたのが見えた瞬間、ザッって暖かい春の終わりの風が吹き抜けた。
それはじっと傍に立つ大きな木の葉と、弘瀬先輩の髪を揺らす。
そしてその髪を留めることもしない弘瀬先輩の目はとても真っ直ぐで、それでいてとても真剣にボクを見ていた。

「私はその影を光の前に引きずり出して、存在を証明してみせるよ」

なんて、余りにも真剣に言うもんだから。

「・・・すっかり火神君が悪役みたいじゃないですか」
「あれ、ほんとだ。ごめんねって言っといてくれる?」
「自分で言えば良いじゃないですか」
「やだ恥ずかしいし」
「弘瀬先輩のポイントが全くわかりません」
「よく言われる」
「それとボクもうすぐ練習始まるんで」
「うわわ、ごめん!」

慌てる様にして時計を確認する弘瀬先輩を見て、きっとこれで開放してくれるだろうと確信したボクは彼女よりも一足早く立ち上がる。
そうして傍に置いていた鞄を持ち上げたところで、今だ若干慌てたように落ち着きが無く、黒子くん遅れたら日向くんに怒られるぅぅぅ!なんてあわあわとしている弘瀬先輩と目が合った。

「それじゃぁ、ボクは行きます」
「あ、うん。練習頑張って」
「ありがとうございます」
「じゃぁ、また明日」

相変わらずにこにこと笑う弘瀬先輩の言葉が引っかかって、また明日もあるのかと思うと若干うんざりするような気持ちに陥ったが、反面、なんとなく楽しみな気持ちになったのも事実で。よくわからない混ざり合った気持ちを振り切るように、ボクも弘瀬先輩に倣って右手を振る。

「また、明日」



(なんて、柄にも無い事を)


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