私は便利屋ではない。
しかしそう言い切れるほど強くない私は言われるがままに手伝いをする。
手紙を出してきてだの、洗濯物をしまってだの、買い出しに行ってきてくれだの。
そう、最初の頃は皆私に気を遣っていたのか、私が手伝いを済ませ戻ってくると、どこか申し訳なさそうに頭を下げて「ありがとう」と言ってくれていた。
だから、ちょっと嫌だなと思った手伝いごとでも、「まぁ仕方ないや」と手伝ってきた。だというのに時が過ぎゆけば人も変わるし事情も変わる。言ってしまえば世界が変わる。
気が付けば私はヨイショされていた占術師の身分から転落し、ただの便利屋(の様なもの)になっていた。
あれやって、これやって、それやって、と、私の事をよく知らない人達が前に倣って私に言う。そこに当然申し訳なさなどなくて、やれ早くしろ、何故出来ぬのだと、さも当然のように声を掛けて私を急かす。
理不尽だ!まったくもって理不尽だ!と内心で憤りつつ、それでも何とかやってきたのはやはり最後には皆一様に「ありがとう」と口にするからで。人間とはかくも単純で悲しい生き物よ、と情に流され耐えてきた私が悪いのもきっと一理ある。あるのだろうけれど。
ぐぎぎ、と奥歯を噛み締めて目の前の彼を見る。
彼はこの煌の城に勤めるにあたって職は上級なのだろう。随分と偉そうな態度で私に接してきた。(それがどのくらい偉そうかと言うと、挨拶もなしに「おいお前」から始まった。)
そうして顔を上げてから数刻後、何故だか私は両手一杯の荷物を持って長い、長い廊下を歩く羽目になったのだ。しかも荷物は何が入っているのやら遠慮なく重たく、支える指は白くなっている。だというのに、目の前の彼は私を気遣う事も無く、先へ、先へと足を進める。

「あ、あの」
「何だね」
「もう少しゆっくりと歩いてもらえませんか」

行き先を知らない私からすれば、彼とはぐれるのは都合が悪い。とは言え、彼に追いつける程私の足が速い訳でもない。まぁ通常時なら可能かもしれないが、なんせ今は尋常じゃないくらい重たい荷物を持たされているのだ。このぐらいのわがままなら言わせてもらっても構いはしないだろう、と言い切った私が見たのは、彼のとんでもなく冷ややかな目。
そうして耳が拾ったのはとんでもなく辛辣な言葉。

「馬鹿を云え、お前が付いて来れば良いだけの話だろう。私がお前如きに付き合う道理はない。全くお前は私を何だと思っているのだ!」

クソじじいだと思っている。
ぐぎぎ、と噛み直した奥歯で言葉を咀嚼して飲み込む。吐き出すなんて意気地のない私は言い返さずに下を向くので精一杯だ。いっそ荷物を放り出して逃げてやりたいとすら思う。思うけど、出来ない私はやたらと満足げに踏ん反り返って前を歩きだした彼の後ろを重い荷物を持ちながら付いていくしか出来ないのだ。
なんて哀れ。なんて意気地なし。なんて惨め。
はぁぁ、とこっそり重いため息を吐くと、それに合わせるかのように、遠くに見える山間から湿気を帯びた風が吹き抜け、重々しく垂れ下がる柳の葉を揺らした、時だった。

「おや、小娘いびりですか?貴台ともあろう人が悪趣味な」
「・・・黄文か」

やや大振りな扇子で自身を仰ぎながらこちらを見るのは、鈍色に沈む煌帝国の空と不釣り合いなほど鮮やかな黄色の官服の男。名を夏黄文(様。)
黄文様は実に嫌な視線で私の目の前の彼と私をじろじろと観察した後、これ見よがしに大きなため息を吐いて、そうしてぱちんと扇子を閉じて行儀悪く、その扇子で廊下の右奥を指した。

「まぁ私は何も口出ししませんがね。時に白愁氏、張の御方がお呼びですよ」
「寧芳が?」
「ええ。何でも今すぐにお話がしたいとか」
「しかし荷があるのでな・・・」
「私が運んでおきましょう。庁舎で宜しいですか?」
「ならば黄文、東の奥の部屋に頼む」
「御意に」

ぺらぺらと。私に荷を押しつけて先へと歩いていた男は黄文様と二、三言交わしたかと思うと矢継ぎ早に廊下の右奥へと吸い込まれていく。そうして彼の姿がすっかり見えなくなったのを見届けていた私の頭に、ぺし、と音を立てて扇子が打ち付けられる。
反射的に、痛い!と声が出た私を思い切り見下げながら、黄文様は私に言う。

「礼は、占い3回で良い」
「え、何でですか!何の礼ですか!」

どうしてそうなった!と吠える私を見て、黄文様の眉間にきゅっと皺が寄り、そうして今一度これ見よがしにため息を吐く。そうして本当に面倒くさそうに黄文様はそうなったいきさつを至極簡潔に教えてくれたのだった。張さんが呼んでる訳ないじゃん。張さんってお前、この城内に何人いると思ってんの。向こうが勝手に勘違いして行ってしまったんだ。だって。へぇ。それはそれは。

「・・・ありがとうございます」
「全くだ」

わかったら向こう3回分は負けてくれ、と黄文様が言うが、流石に3回分はきつい。素直に私がそう言うと黄文様は、先程から私を叩いていた扇子を裾に仕舞い込み、少し腕を捲り、そうして私の持っていた荷物を掻っ攫う。

「3回分」
「2回ですよね、これで」
「いままでにも恩を売っただろう」
「・・・汚い人ですね、黄文様って」
「はっはっは、狡猾と言え」
「はいはい、そうですか」

いいですよ、もう。
そこまでして貰ったら私も頷くしかない。余程無理な力を加えていたからか、無理な力が加わっていたからか、白くなった指先をゆっくり動かしながら言うと、黄文様は満足したのか、「お前はさっさと戻れ、リコ」なんて荷物を器用に抱え直したかと思うと、私を置いて庁舎東の部屋(って何処だろう)へ向かって歩き出したのだった。


*


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -