そりゃぁ、昔はちやほやされました。やれ天晴!だの、それ見事!だの。
両手を叩いて皆私を褒めて持ち上げてヨイショしてくれました。
そうしてさぁさぁ!と促されて招かれて、きらびやかな世界に連れてこられた果てには、小さな村出身の私なんかには身分不相応甚だしい様な城内に住まわされて、あれやこれやと世話を焼いてくれました。
でも、そんな事態もあっという間に反転して、今ではちやほやなんて夢のまた夢。
あれ程私を賛美していた人間は、今やお荷物を見るかのような目で蔑む始末。
連れてきたのはそっちだってわかっているのか、追い出すような真似はされないけれど耐え難いチクチクとした視線が今日も私を容赦なく貫く。
あーあ。人間ってそんなもんですよね。そうですよね。
ちょっとすごい人間が出るとすぐに目移りして黄色い声を上げるんですね。
なんて、そうしてすっかりいじけてしまった私の目には、やれそれ!と私の代わりにヨイショされる人間と(・・・なのかな)すっかり潰えた華やかな表舞台が映っていて。
思わず小さく口に出す。泣くもんか。泣いたりなんかするもんか。
そうして少しだけ(降っても無い)雨に滲んだ私の世界に映るそれがあまりにも眩しくなって、私はすごすごと城の奥の寂れた柳の下へと足を運ぶのだ。今日も今日とて。






+++






「陰気臭いにも程があるぞ、お前」

きゅっきゅっ、なんて一人忙しく手に持っている水晶を磨く私の上をすっぽり覆うような影が出来たので、少しばかりいらいらとしながら顔を上げると、案の定、私を可哀想なものを見るかの様な目で見下げる夏黄文様が居た。
暗くて手元が見えないから退いてください!なんて思うだけ思って私は、小さなため息を吐きつつ、黄文様に言う。

「何か御用ですかね」

すると黄文様は黙って私の目の前に小さな袋をぶら下げるので、私は水晶を磨く手を止めて、その袋を受け取り、紐を解き、中身を数える。
1、2、3。やっぱり今回もいつもと同じだけ入っているそれを確認し終わった所で、私は再び声を掛けた。

「いつもので?」
「わかってるだろう」

いちいち聞くなと言わんばかりに腕を組んで私の前にそのまま腰掛けた黄文様を他所に、私は私で水晶を横に置き、反対側に置いてあった荷物に手を掛け、そうしてごそごそと準備をする。
その間に私の上に垂れ下がる柳が揺れて、がさがさと可愛くない音を立て、側にある少し大きな池ではポチャリと魚が跳ね、鳥を空へ追いやった。
過ぎゆく時を事細かに告げる自然とは裏腹に、荷物の中から取り出し座っていた石の上に広げたのは時が止まったみたいに古ぼけた人工物。
細かく言うならば私が昔に作ったモノ。あとさっきまで磨いていた水晶。

「どのような結果でも文句なしですよ」

そう言って私は息を吸い込み、全神経を手元に集中させるのだった。






++




「お聞きになりました?黄文様の」
「お怪我なされたのでしょう?」
「ああ、おいたわしや」

がやがやと通り過ぎる侍女の話を耳にしながら私は持っていた水晶を握り締める。
そうして不審そうに私を眺める官吏達の目をやり過ごしながら、長い廊下を歩く。
すると湿気を吸い込んだ廊下の板はぎしぎしと鳴いて、付いて回った。
青々とした菖蒲が朱色に映える。浮島は苔生して、今日の曇天は私の心と同調する。
嗚呼、すこぶる良くない。気分が悪い。
ぐるぐると溜まった不快感は吐き出されるどころか五臓六腑に染み渡り私を支配する。
その内、不快感が私に成り代わって大きな顔をしだすのではないかと思うと冷や汗が出た。
どきどきと動悸は止まない。もはや耳に心臓が移動したか。
なんて、なーんて思っていたら、ぎしぎし鳴る廊下が、一際大きな音を立てて私の足を止めた。

「前を見て歩けと教わらなかったかのか?」
「・・・げっ、黄文様」
「げ、とは何だ。失礼な」

そうして恐る恐る上げた私の目が捉えたのは、鮮やかな黄色の官服を纏った黄文様。
けれどいつもと違って少しだけ大人しいのは、ぐるりと主張するように白の布が右腕に巻かれ、そうして小さな添え木で固定してある姿。
瞬間、先程擦れ違った時に聞いた侍女の声を思い出して、ざあぁ、と波が引くかのように私の血の気が引いた。

「全くお前の霊視はとんでもないな」

お蔭で滑って転んで庇ってこのザマだ、と口を開く黄文様に私は慌てて頭を下げる。
ひぃぃ、すみません!だってまさかそうなるなんて!っていうかまさかそこまでなるなんてこれっぽっちも思わないじゃないですかぁぁぁ!!と叫びたいのに言葉は詰まってなかなか出てこない。反対に、冷や汗や涙、鼻水の類と言った水分だけは重力に沿って出てくるので、下を向いてしまった手前、堰き止めるのに必死になっていると、ぺしり、と頭を軽く叩かれた。

「へ?」

何するんですか、と上を向くと、私を叩いたであろう扇子で口元を隠す黄文様が居て、そうして漂う空気はどことなく刺々しい。思わずゴクリと息を飲んだ所で、黄文様の声が空気を伝った。

「馬鹿者か。お前が謝る義理は無い」
「え、だけど」
「第一、お前が文句なしだと言ったろう」
「その割にさっき文句が口から」
「報告だ」
「えぇー・・・」

絶対文句だった、と思いこそすれ口から出す雰囲気でない事はいくら私でもわかるので、何とか飲み込んで黄文様を見ると、眼鏡みたいな謎のお洒落の隙間から、ぎらりとキツイ眼光が飛んできた。うわ、もう絶対口に出すまい。

「で、黄文様は一体」
「別に、お前が陰の空気を振りまいてるのでな」
「人を菌みたいに言わないでください」
「まぁもう大丈夫だろう。そこまで喚けるなら」
「喚いてないです」

失礼な、と黄文様を睨み返すと、それに気付いたのか黄文様がにやりと笑う。
そうしてそのまま(若干馬鹿にするような感じで)私の頭を今一度扇子でぺちりと叩き、そうして私とは反対方向の廊下へと進む。
擦れ違いざまに「上を見て歩けリコ」と偉そうに言い残して黄文様は去って行ったので、私は少しだけ悔しくなって手に持っていた水晶を握り直して、そうして貴方に言われんでも!とばかりに顔を上げて廊下を歩き始めたのだった。


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