「では、こちらに」

食事の後は基本的に自由時間ですが、外出は禁止です。まぁもっとも出かけられるほどの元気があるようには見えませんが、と今後の予定と感想を手短に告げた鬼灯様は、わたし達を連れ立って閻魔殿の内部へと足を進める。
どうやらわたし達が寝泊りする場所へ案内してくれるらしく、持って来た手荷物と共に皆して鬼灯様の後を追う。
ぞろぞろと不恰好な列が関係者以外立ち入り禁止の看板を過ぎる。八大地獄の割りにひやりとした空気で満たされている長い廊下を歩くと、正面に威圧感丸出しの上官達の私室が並んでいるので思わずわたしはごくりと唾を飲み込む。
そうこうしていると鬼灯様の長い指がすっと左側を指し、そうして「男性3名はあちらの部屋になります」と通る声で言ったかと思うと、すぐさま「そして貴女は」と此方に声を掛けた。

「流石に男性3名の部屋に放り込むのは忍びないので、申し訳ありませんが別室となります」
「あ、いえ、お心遣いありがとうございます」

今日の訓練を共にしてきた鬼さん達に頭を下げ、別れた後たった2人で元来た道を戻る。てっきりもっと奥の部屋に行くものだと思っていたので、少しばかり驚いていたら、前を歩く鬼灯様がそれを見透かしたように言った。

「生憎、他の部屋は先日来られた方が使っておられまして」
「そうなんですか」
「ええ、ですので貴女には非常に申し訳ないんですが」

草履が廊下をする音が響く。
けれどいつまでもそれが続く事は無い。
関係者立ち入り禁止の看板から一番近くの部屋まで戻ってきた時にぴたりと音が止んだ。

「こちらになります」

どどん!効果音を付けるならばきっとこれしかないだろう。
右の部屋には先程から目にしている逆さ鬼灯の文様の扉。そうして鬼灯様が指しているのはそのすぐ左隣の一室。
これはまさか精神的にも鍛えてやるぜ!的なあれなんだろうか。もしかしてこのキャンプの招待者の中でわたしが一番成績が悪いとかそういうアレだろうか。瞬きする間に流れ続けるマイナス思考の洪水は途切れる事は無い。
ちらりと視線を寄越したところで、鬼灯様はただただ淡々と言葉を続けるだけだった。

「部屋と言ってはおこがましいのですが、場所が確保できるスペースがこちらしかなく。中は一通り昨晩整理したのですが、如何せん物が多くて倉庫様になってますが、特にアレルギーとかはないですよね」
「あ、アレルギーはないです、けど」
「それはよかった。ちなみに私の部屋は隣です」

心底いらない情報だと思ったのは内緒だ。
ぐっと手持ちの荷物を握りなおして、震える手でドアに手を掛ける。
「不都合があればいつでも仰ってください」と鬼灯様の声が背中にぶつかるが、仮に不都合があっても声は上げられないだろうなと思いながらドアを開けた。

その時。
ギロリと一気にこちらを向く視線。
そうして侵入者を認識するが如く大きな4つの目が私を睨みつけるように暗闇で光り、阻止するが如くガザガザと尋常じゃないスピードで近づいてくるのを見て、残念な事にわたしの"遠慮"たる日本の鬼としての心は一瞬でどこかに飛んでいった。

「ほ、鬼灯様ぁああああ!!!!」

うぎゃー!なんてみっともない悲鳴に何事かと駆け寄ってくる鬼灯様を見て思わずその着物の裾に手を伸ばし、ぎゅぅっと握り込む。いつもならきっと皺が寄ってしまう!と消して袖を掴む事はないだろうけれど、そんな精神状態は今この場所にあるわけがなくて。驚きと恐怖が相まってどうしたらいいかわからない感情が涙となって溢れそうな手前、搾り出すようにして出した声は「おおぉぉおおば、おばけ!!」と酷く情けない。
けれどでもだけどだって!と何が何やら分からず混乱するわたしの肩にそっと手を掛け、安心なさいと軽く叩いた鬼灯様はその部屋の中を覗き込む。
その間実に数秒。たった数秒間で得心が行ったように金棒を握っていた手を緩めたかと思うと鬼灯様は「こら」といなす様に声を上げた。




「「ごめんなさい」」

そう言って鬼灯様に頭を抑えられ半ば無理矢理下げられる頭は2つ。
さらさらと零れる髪が声が等身が自分より遥かに小さく幼いことを物語っている。
流石に幼い子供にそこまで頭を下げられて許さないなんて事が出来るのは鬼としてどうだろうかと思い、ひらひらと手を振り「お気になさらず」と苦笑いをすると、2つの頭はそろそろと此方を見上げた。
大きな目の正体は2人の座敷童子。鬼灯様曰く「一子」ちゃんと「二子」ちゃんは悪戯が大好きらしい。とは言え悪戯にしたらレベルが高すぎないでもない。うぅーんと苦い顔をしていたら、じっと此方を見上げる大きな目と目が合って、結局はでもまぁ座敷童子だしそんなモンかな!と若干無理がある結論付けてこの件は終わりにしようと思っていたところで、鬼灯様が「しかし」と言葉を繋げる。

「流石に不意打ちとは言え鬼たるものがあんな情け無い声を上げるのもどうかと思いますよ」
「う、すみません」

淡々と告げられるその言葉に返す言葉は無い。
むしろこの醜態でキャンプすら取り消されて獄卒ライフすら無くなってしまうんじゃないかとすら思う。確かに獄卒たるものがお化け如きで騒いでいたら示しなんて全くつかないだろうし、そこら辺に居る亡者は既にお化けだ。
恥ずかしいやら情けないやらで消えてしまいたいやらと頭を下げ居ていたら、鬼灯様がはぁと息を吐いた。

「とは言え悪いのはこちらですし、そんなに畏まらずとも良いです。それにこれしきの事で貴女を追い出すなどとは考えていませんよ」

そう言うや否や、鬼灯様は両脇に2人の座敷童子を抱えてくるりと踵を返す。
抱えられた事が余程嬉しかったのか、そうじゃないのかは定かではないがきゃらきゃらと声を上げる座敷童子は大人しく鬼灯様と少し薄暗いこの部屋を出て扉を閉められる直前。

「リコさん」
「は、はい」
「そう言うわけで、明日も頑張ってくださいね」

なんて声が届いた。



( 明日以前に今日の宿題で心が折れそう )


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