きっと大丈夫という言葉を貰った翌日。
行きたくないと駄々を捏ねる体を引き摺って荷物共々家を出たら、相も変わらず絶好の地獄日和で、わたしの心臓はいろんな意味を含め複雑に跳ねる。
何故なら既にこの集合場所である地獄時計塔には、わたしと同じ立場である鬼さん2人と懐中時計を見ながら経つ鬼灯様が経っていたからだ。
あ、あれ??時間間違えた?なんて思いながら時計塔を見ると集合時刻の5分前で、一体この人たちはいつからここで待っていたのかと伺うように見ていたら、ばちんと鬼灯様と目が合う。

「大丈夫です、貴女はセーフです」
「は、はい」

セーフか、良かった!と安堵すると同時にふと思う。もしアウトだったら、どうなっていたのか・・・なんてそんな考えに対する答えは早々に「アウトです」と言うドスの聞いた声と共に鬼灯様の金棒で吹っ飛ばされるもう1人の鬼さんを見て一瞬で理解する事になった。


「良いですか皆さん。今回皆さんがここに集まったと言う事は大変不名誉な事です。端的に言えば獄卒リストラの第一候補と言っても差し支えありません。しかし簡単に切ってしまい皆さんの人生設計を根底から崩してしまうのも、雇う側からしても忍びない。そこで今回このような機会を設け、皆さんに獄卒とは何たるや、というものをしっかりと1週間学んで貰い、これからの獄卒ライフの向上になればと思っています」

わかりましたね、と場所を変えて連れて来られたのは閻魔殿は記録課の一室。
一般的な、それこそ拷問担当の獄卒はまず配属さないその場所に、物珍しさからかつい視線を動かしてしまう。
其処に在るのは余白と文字と白と黒。その大半で視覚が多い尽くされ、さらには紙と墨の何ともいえないあの独特な香り。半ば圧倒された様に見入っていたところで、何やら話が付いたのか、鬼灯様がくるりと踵を返し、そうしてこちらを見た。

「では、今日これから皆さんはこの記録課に約1日在籍していただく事に相成りました。とは言え行き成り記録しろとは言いませんし、出来ないでしょうから、まずは半日こちらの一室で地獄について書かれているこの書の内容を徹底的に覚えていただきます。そして昼食後は、保管庫へ降りて記録の整理をお願いしようと思っております」

思っていたよりも遥かにまともなその指示に、わたし含め他3人の鬼はほっと息を吐く。しかし鬼灯様はそんなあからさまな態度に顔を顰める事も無く、ただ淡々と言葉を繋げる。

「今至極まともだと思ったでしょうが、これから読まれる書の内容は今夜のレポートとしてまとめて提出していただこうと思っていますし、保管庫での作業は皆さんが思っているよりも恐らく過酷です。ねぇ葉鶏頭さん」
「そうですね、時折迷ってしまったのかミイラ寸前の職員を見かけます」
「ほう、それは中々」
「あるいは崩れた書物の下敷きになって窒息寸前の職員が居る事もあります」
「だそうですよ皆さん」

何が楽しいのか、先程よりも少しだけ目を輝かせた鬼灯様がわたし達を見て、そうしてぱんぱんと手を叩く。こちとら聞こえてきた物騒な言葉に背筋がひやんとした所なのに。そうこう思っていると、記録課の奥の一室からケラケラと乾いた悲鳴のような笑い声が響き渡ってきて、いよいよ雰囲気を一変させる。
一体何が!?と互いに目配せするわたし達を他所に、鬼灯様は葉鶏頭さんに「ちょっと怖がらせないで下さいよ」なんて突っ込んでいた。(そしてわたしはと言うと鬼灯様にも怖いと言う概念があるのに驚いた)

「何はともあれ、始めましょうかね」

そう言って鬼灯様は手持ちの懐中時計をぱちんと閉じて、そうしてわたし達に向かって声を掛ける。「私は仕事が在りますので、あとは葉鶏頭さんの指示に従ってください」なんて、そう言って開廷時間もあるのだろう、足早に記録課を去っていった。





それからと言うもの、正直なところ気持ちが浮ついていたわたしはこのキャンプの洗礼を受けたと言っても過言ではない。
次から次へと物凄い勢いで視覚から飛び込んで脳に伝って蓄積されていく地獄史は遥かに広大なもので、さらには付属して拷問史まで出てくる始末。痛い!これこの拷問痛い!なんて最初こそは思いつつ読んでいたが、後々から聞いたノルマの冊数の凄さにそんな事を思う暇も無い。ただ延々と速読です的な勢いで項を捲り、必要な部分は手持ちのメモに記載する。よくよく聞けば文献の持ち出しは禁止とかそんな後だしジャンケンみたいな感じで色々と出てくる条件に、いつもゆっくりと回っていた脳はとんでもない程回転し、痛がる心は八寒地獄の門を潜ったかのように凍りついた。
右から左へ左から右へ上から下へ上から下へ。
文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字文字の羅列。
いい加減言葉文字の存在が良くわからなくなって来たその頃合いに、昼時を告げる鐘が鳴った。

嗚呼終ったと回る目のまま出された弁当を食べる。美味しいはずなのに墨を食べているようなそんな気分がして少しだけ憂鬱だったけど、暫らくしていると漸く視界も味覚もが正常に戻った。だので折角だからとちらりと他の3人を見てみると、わたしと同じような感じで既にどうにもへろへろとしていた。

そうしてあっという間の昼食後、痛む横腹を我慢しつつ入念に準備運動をし、簡単な整理の仕方を聞き、せーので散らばる。最初は2人1組で!なんてそんな天国ルールは初めから無く、老若男女関係なく一定量の重量のある書類を抱えるだけ抱えて戻って来いとの事だった。
うわーまじかよーなんて思えたのは最初の3往復くらいで、往復回数が増せば増すほど手足の筋肉が悲鳴を上げ始めた。しかし容赦なんてものは無い。立ち止まったら倒れて近くの巻物が崩れてそうして潰されてしまうんじゃないかなんて思うほどに所狭しと並べられた棚の隙間を縫うようにして目的の書物を集める。うっかり間違えでもしたらと思うと作業がこの倍になるのでわたしは考えるのを止めてただひたすら探す。
埃っぽいとか、手が切れるとか、最早もう関係ないくらいに手足を動かしていたら、1人の鬼さんがこっそりと休憩しているのを見かけた。
わたしと同じ、キャンプに招待されているその鬼さんを見て、嗚呼わたしも少しだけ休憩しちゃおっかな、と、その人に近づこうとした時、「ぎゃぁあ!!痛い痛い!」とその鬼さんから悲鳴が上がった。
何事かと目を凝らせば倶生神がその鬼さんのふくらはぎを思い切り攻撃していて、わたし達もしっかり観察されているんだと察し、そうしてわたしは休むのを止めた。

(もう、しんじゃう・・・!)

あれから数時間休まず往復し、半ば脱水に近い状態でへろへろと集めた巻物を指定の場所に置いたところで、終業の鐘が鳴り、やっと解放されると分かった瞬間、日頃ろくに運動もしていなかったわたしの膝がガクリと抜け落ちる。
まずい、とは思いこそすれ対処し切れるほどの運動能力も無いわたしは素直に地面とぶつかってしまう!なんて覚悟を決めた時、ぐいっと腕を引かれた。

「この位で倒れてちゃザマありませんよ」
「ほ、鬼灯様」
「ほら、しっかりなさい」

見上げれば鬼灯様がしっかりとわたしの腕を引いて支えてくださっていたお陰でなんとか衝突は免れたが、格好悪いところをみられた。バツが悪そうに謝ってしっかりと立ち上がると鬼灯様は「まぁ、よく頑張ったって事でしょうね」と言った後、ぱんぱんと手を叩いて、すっかりへろへろになったわたし達に今夜の事についての話を始めたのである。



( まだこれが1日目という恐怖 )


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