基本的に怖い物など無い。
鬼に生まれればさることながら、獄卒に就けばなおさら。
強いて言うなれば母親とでも言おうか。徹夜明けであろうとなんであろうと朝に起きれなかった時には平気で部屋へ乗り込んできて布団の端を掴んでは引っぺがすあの姿は何よりも恐ろしいし、隠しておいた物を平気で引っ張り出して「掃除しておきました」なんて丁寧に手紙をつけて公開処刑されたに日はあばばば。なんて、怖い物といって周りの鬼から浮かぶのは大体そんな話ばかり。ただ1つだけ、そんな怖い話に混じってぽつりぽつりと出てくる話があった。

「・・・ねぇ、どうしよう」

ぶるぶると震える手と思わず引きつる笑顔。
助けを求めて友人に縋るも、その友人は視線を泳がせてそ知らぬ顔。
挙句の果てには「覚悟を決めなよ」とか「頑張れ」とか無責任な言葉ばかりを発して誰も彼もが遠ざかって行く。

「わたし、死にたくないよ」

取り付く島もなくなって、最後に搾り切るかのように出した声は、自分の想像をはるかに超えてか細い。震える手をそのままに、幻覚であれと、今一度の勇気を持ってちらりと盗み見たその手紙には真っ赤な文字で招待状と書かれていてわたしは眩暈を起こす。
鬼にとって怖い物、母親よりもある意味怖い者。ぽつりぽつりと囁かれるソレは一堂に会して同じ言葉が使われるのであった。

『鬼灯様の新兵訓練基地』

生き延びた者は現在3名だけと聞く。生存率はざっくり2割以下。
過酷苛烈を極めたそれに招待される者は何があっても強制参加。地獄に生まれた鬼が恐れ戦く阿鼻よりも恐ろしい7日間の幕開けは音も無く隣に迫っていて。
たまたま通りがかった茄子くんが声を掛けてくれるまで、わたしは呼吸も忘れてその場に立ち尽くしていたのだった。






「マジかよ・・・」
「都市伝説じゃなかったんだなー」

そう言いながら箸を進めるのは、わたしに声を掛けてくれた茄子くんと、そのお友達の唐瓜くん。正直あんまりちゃんと話した事はなく、こうして食堂で顔をつき合わせて食事なんてするのは初めてだ。だと言うのにご飯が全然美味しくない。まるで砂利でも噛んでいるんじゃないかとすら思えてくるのは、サッと彼らの顔色さえ変えた招待状の所為だ。

招待状、それは1年に1度、新卒の中で評価がすこぶる悪い者に対してのみ届くものである。例えば獄卒らしくない者や怠け癖が絶えない者。先輩への礼節が著しく欠如している者。あとは時折出される宿題等の提出率が低い者などに対して届くのだ。
とは言え毎年あることではない。皆が皆優秀であれば送られてくる物ではない。現にここ5年は開催されていないと風の噂で聞いた。

となれば5年ぶりとなる実に残念な招待状。漸く覚悟を決めて封を開けると中には紙きれが1枚入っているだけだった。
内容は酷くシンプル。
言ってしまえば、この手紙は落伍者への最後のお情けというやつである的な文言から始まり、その他には日時と集合場所と持参する物が僅かばかり書かれた至極事務的なものだった。例えば歯ブラシや寝間着持って来いとか。

「泊り込みなんだな」

と内容を見ながら苦い顔をした唐瓜くんは指で手紙に記載してある文言を突付く。
そうすると茄子くんが「どこに泊まるんだろうねー」と鼻歌交じりにお泊りお泊りと繰り返す。わたしも茄子くんみたいに歌い飛ばせる事が出来ればと思いつつ、全く味のしないシーラカンスの尻尾を齧った。

「っていうかリコってそんな悪かったか?」
「悪いって言うか、間が悪いって言うか」
「この間亡者に叱られてるの俺見たよ〜」
「アレはわたしがミスをして、それで」
「あとリコって結構特別講習参加出来てないよね」
「この間のやつは風邪で行けなくて。その前のは」
「・・・成る程理解した」

そう言って怪鳥の唐揚げを突付きながら他の人と同じように言葉を零す唐瓜くんの声に思わず箸が止まる。嗚呼、やっぱりきっと皆と同じように彼も遠ざかってしまうんだわ。なんてわたしが俯いたその時、「リコ」とわたしを呼ぶ声がした。

「どーしても無理ってなったら俺らに言えよな」
「そーそー。俺ら話ぐらいなら聞けるし」
「流石に休憩時間ぐらいあるだろう」
「鬼灯様も忙しい人だしねぇ」

わいわいと交互に話を進める2人を見て、今度は止まっていた箸を置く。
そうしてついぞ堪え消えれなくなって零れ落ちた場違いな涙をぐいぐいと袖で拭いながら頷いていたら、それを見た2人が「今から泣くなー」なんて言って笑った。

兎にも角にも時間は進む。どんなに止まれとまれと願ったところで願った傍から未来へ向かう。ならばなればと漸く覚悟を決めて小刻みに震えていた手を止めたところで、唐瓜くんと茄子くんはわたしを見て力強く言ってくれたのだった。

「「リコならきっと大丈夫だよ」」



( その優しさに甘えられるのも今日が最後です )


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