「うん、もう大丈夫そうだ」

そう言って丁寧に包帯を巻きなおした後、白澤様は行李の中へと使った薬品をしまい、そうしてついぞ出番のなくなってしまった行李を他所へ押しやったかと思うと、「あと3日も経てば完全に治ってるよ」と笑った。

私が天国から堕ちて3週間ばかり。そうして白澤様と出会って3週間ばかり。
ひょんなことで背中近くに怪我を負ってしまった私は白澤様の住む場所でお世話になっていた。申し訳が立たないと言う私に「君が彼女になってくれたら、僕はそれでいいよ」なんて笑った彼は、言った通り、部屋を貸し与え、ご飯を用意し、そうして鼻歌交じりに治療をしてくれた。
薬草を塗り込んだ湿布で傷を塞ぎ、痛みが酷い時には煎じた漢方を処方し、傷が塞がってくれば周りの痣に対して薬を塗布して早く治りますようにと、まじないを掛ける。
「とんだお人好しですね」と私が言えば「リコちゃんだからだよ」なんて返してくれて、そうして私が恐怖に飲まれそうな夜は手を握り、優しく励ましてくれた。
そんな日々も、もう少しで終わり。

「ありがとうございます」

頭を下げて礼を言う私を制し、行李の無くなった場所へ座りなおした白澤様は私の手を握る。そうしてまるで猫のようにその手に擦り寄りながら、そうしてその手の指の一本一本をそっと縁取りつつ、白澤様は小さく声を上げた。

「傷、治っちゃうね」
「治って欲しくないのですか?」
「そんな事は無いよ。綺麗に治って欲しい」

なんて、指を縁取り終えた白澤様は自分の空いた右手でそれを全て包み込みながらまるで子供みたいな声を上げる。

「けどリコちゃんが帰っちゃうのは、寂しい」

そう言って目を伏せる白澤様を見ながら、私は一度桃太郎さんとお話した事を思い出す。生来彼は色狂いだったそうだ。日ごと別の女性を家に招いては火遊びをする。
そうしてその後、振られようが叩かれようが、懲りる事は無く、挙句花街まで足を伸ばすのだと。
大層な所謂武勇伝的な会話に思わず感心しきりな私に苦笑いしつつ、桃太郎さんは「でも」と続けた。

「長い間ずっと1人だったから、本質的な部分が寂しがりなんでしょうね」

「まぁいい加減にして欲しいですけれど」とその後桃太郎さんは憤って私に愚痴を零していたけれど、私はその一言がどうしてもどうしても頭から離れずにいたら、徐々に徐々にやたらと丁寧に私に接してくれる白澤様の本質が見えてきたような気がした。

今だってそうだ。
真っ直ぐと私を見る目は、少しだけ不安げに揺れる。
まるで子供だと何回思った事だろう。
ふふ、と思わず私の口から零れる笑みに、一瞬びっくりした後、白澤様は「え、何、どうしたの」と私を覗き込むから、私は余計に可笑しくて肩を震わせた。

「もう、一体なんなのさ」
「ごめんなさい、白澤様」

ひとしきり笑ってしまった私とは対照的に頬を膨らませ拗ねるように白澤様私を見るが、決して手を離したりはしない。
ただそっとそっと握っている手を見て、私は「ねぇ白澤様」と今一度彼の目を見て声を上げた。

「私、前世ではミステリーハンターという仕事をしてたんです」
「お陰で君が鬼灯から狙われまくってて、僕困ってる」
「・・・それは置いておきましょう」
「えー」
「で、ミステリーハンターって世界の不思議を解き明かすのが主なんです」
「不思議ねぇ」
「本来私自身も根っからの不思議好きで」
「うん」
「その上好奇心も旺盛だったモンでうっかり深みに落ちてしまって」
「そうだね」
「でも白澤様と出会えました」

真っ直ぐ真っ直ぐ、奥のほうで不安げに私を見る目を見つめ返す。
すると鏡のようにはっきりと私が映りこむのが見えて酷く安心する。
きっと彼が人を覗き込むようにして見るのは安心したいが為。人の目にきちんと自分が映りこんでいるかを確認する為なんだって思いながら私は、そっと握られている手を解いて、そうしてゆっくりと握り返した。

「私の興味は今全て白澤様にあります」
「へ?」
「白澤様について、全てを解き明かす事が今の私の心願です」

熱が手の平から伝わって、溶け合って、広がっていくのを感じる。
ともすれば拍動だって感じる事が出来る。
少しぎこちなく震える指先を、絡め取るようにしてそっと甲を引き寄せ唇を近づければ、どくんと拍が飛んだ。

「だから私、帰ったりなんかしませんよ」
「・・・え、っと」
「ずっとお傍にいますから、寂しい思いはこれきりにしましょう」
「リコ、ちゃん?」
「白澤様」
「は、はい」
「私と結婚してください」







「え、リコさんからプロポーズですか」

そう言って私の手を撫でながら言う鬼灯様は、信じられないと言った顔で白澤様を見る。そうしてただ黙々と薬を調合している背中を見ながら「どこまでも格好が付かない男っているんですねぇ」なんてしみじみと言ったので、私は苦笑いするしかない。
何故ならついこの間桃太郎さんにも同じ反応を返されたからだ。

「それが良い所なんですけれど」

と私が零せば、鬼灯様は私の額を指で軽く小突いて、そうして呆れ果てた様な声色で言うのだ。

「貴女ミステリーハンターを拗らせ過ぎですよ」
「だって彼への不思議は性格、生態共に尽きませんし」
「ならその不思議が尽きたら私の所へ来てくれますか?」
「それはプロポーズですか?」
「はい、私なら貴女に最高の"地獄"をお見せします」
「"天国"じゃないんですか?」
「だって普通じゃ満足しないでしょう、リコさんは」
「そうですね、見てみたい気も」

します、という言葉は飛んできた軽量スプーンによって遮られる。
飛んできたほうに目線を向けると、青筋を立てつつも目に涙を浮かべる白澤様。
言いたい事は色々あるけど、桃太郎さんがウサギさん達と出払っている今、作業中断が出来ないから、せめてもの云々かんぬんという事だろうか。
それを見た鬼灯様は今一度呆れ果てた声色で、私に耳打ちをする。

「本当に彼で良いんですか?」
「ええ、彼が良いんです」

面白い人でしょう?と小さく零すと、鬼灯様が白澤様に向ける目に僅かばかりの憐憫の念が篭った事に、白澤様を宥めに歩き出した私は気付く事が無かった。




( ラストミステリーは当分おあずけ )



―――End

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