「え、写真集出してたんですか?」
「とは言え昔の話ですが」
「おいくつの時に?」
「17の「買わせていただきます」

なんて珍しく喰い気味に喋るアイツの言葉にイライラするが、生憎大事な生薬の煮出し中なので、鍋から離れる事が出来ない。
ちくしょう、なんて思いつつ木ベラで鍋を掻き混ぜていたら、桃タローくんが更に大量の枯れた金魚草を運んできた。

「白澤様、ここに置いておきますね」
「ご苦労様、大変だったでしょ?」
「大変って言うか、気持ちが悪くて主に精神的な面で辛かったです」
「だよねー・・・これが好きとか言うヤツの神経、僕疑うよ」

なんて言いつつチラチラと視線を動かすと、よくわからない金魚草の大会とやらで謎の殿堂入りを果たした男が、必要以上に僕のリコちゃんに迫っていた。ともすれば何かの拍子に大事な大事なリコちゃんの唇が奪われかねないその距離。
思わずグッと木ベラを握り込み、嫉妬だとか、嫌悪だとかマジバルスとか色々詰め込む。そうしてその全てが極限まで達して禍禍しい念で埋め尽くされたところで、僕はそれを勢いのまま振りかぶった。
ビュ、と風を切り飛んでいく木ベラは寸分の狂いも無く、ただ真っ直ぐヤツ目掛けて飛んでいく。例えば普通の人であればその木ベラに気付いたとしても逃げられずに大層派手にぶつかって沈んでいくだろう。しかしヤツは腐っても鬼神。
木ベラを認識する為に目を見開いてほんの一瞬止まったものの、逃げも隠れも避けもせず、たった2本の右手の指でその木ベラを掴み、止め、そうして同時に僕を睨みつける。

「―――危ないじゃぁないですか」
「ごっめーん。ちょっと目に余る虫が居たもんだから」

ねぇ、と笑う僕の横で、何やら察したのだろう桃タローくんが黙って煮えたぎっている鍋を火から下ろし、離れたところへ持っていく。またヤツもヤツで先程までリコちゃんを握っていた左手を漸く離し、そうしてゆらりと前へ踏み出す。
はらはらと心配そうなリコちゃんに軽く手を振り、あとは全部桃タローくんに任せ、漸く僕も前に出た所で、ヒュ、と音を立てて僕が先程投げた木ベラが飛んで返ってきた。
ただし、僕が投げた時よりも些か形が変わって随分と鋭い。まるで無理な圧力によって壊れたようなそれに、多少の罪悪感が生まれた。ただし木ベラに対してのみだ。

「ちょっと、壊さないでよ」
「貴方がそう仕向けたんでしょう」
「違うね、お前がそもそもリコちゃんに近寄ってなかったらこうはならなかったんだ」

あー可哀想!木ベラ可哀想!こんな型になっちゃって!お化けになって鬼灯の枕元に立てばいいよ!
なんて今までひたすら気持ちが悪い色に化けた金魚草の詰まった鍋を掻き混ぜていたイライラも相まって大げさに声を上げると、アイツが思い切り顔を顰める。
だから、その顔をしたいの僕なんだってば!とその顔に合わせる様に眉根に皺を寄せたところで、たまたま桃タローくんが置いた時にぶつかったのだろう、鍋が何かにぶつかった音がまるで始まりのゴングであるかの様に鳴り響いた。

「っていうかお前用も無いのに来るなよ」
「用ならありますよ、リコさんを口説くためです」
「散々振られてんだろーが!」
「嫌よ嫌よも好きのうちと言うでは無いですか」
「だから好かれてないって言ってんの!」
「本人の口から出た言葉以外信じませんよ私は」
「そもそも大体お前キャラ変わってない?!」
「キャラってなんですか、私はいつでも自然体です」
「いーや違うね。だってお前それ凄い軟派野郎過ぎてまるで僕みたいじゃないか」
「自分を貶めているようで、確実に私にダメージを喰らわせるとはやりますね白豚さんのくせに。けれど残念ながら貴方は私を誤解しているようですね」
「は?誤解?なんだよ」
「私、常日頃より好みのタイプはミステリーハンターと公言していますので、例えいつ何時どんなスタイルで攻めようが特にブレてなどいないのですよ」
「・・・!!?」

ドヤ!とばかりに上から見下すように身体を心なしか反らすアイツに、マジかよ!と返す言葉も見つからずにグッと息が詰まる。それを終了の合図と受け取ったのか、アイツはまるで興味を失ったようにくるりと踵を返し、そうしてこれ見よがしにリコちゃんの手を取って、そうして彼女を覗き込むようにして言う。

「やっぱり私とお付き合いしませんか?」

酷く甘く重厚感のある言葉。クソ真面目で馬鹿みたいに自分本位なアイツが誰かに真摯に懇願する姿。悔しいけれど、到底僕には出来っこないレア感をあっさりと惜しみなく好きな女性に対しては披露してしまうアイツにみっとも無い程に嫉妬してしまう。
そんなアイツの反面で僕という奴は大した言い合いにも勝てず、どれだけ甘い言葉を吐いて懇願したところでレア度なんてものは到底無い。それどころか、下手をしたら嘘臭いなんて言われる始末だろう。
ぎり、と奥歯を噛み。どうしようもない気持ちを磨り潰す。
気を抜くと何だか泣いてしまいそうだ!と情け無い感情でいっぱいになりそうだった時、「何度も申し上げておりますが」とリコちゃんの声がした。

「私、鬼灯様とはお付き合い出来ません」
「白澤さんが居るからでしょうか?」
「そうですよ」
「そうですか、わかりました」
「分かってくださいましたか?」
「ええ、つまりアイツを亡き者にすれば良いのですね」

思わず耳を疑う言葉が聞こえたや否や、懐から取り出したのであろうボールペンを明らかな殺意を持って放射線状に投げてくるアイツの姿に、思わず小さい悲鳴を上げる。
そうしてそれらが容赦なく己に刺さる前にと身体を屈め避けたところで、間髪をいれずに軸足を踏み込み、低い位置で振り抜く右足が眼前に迫ってきた。なんとか背を反らして交わしてみたものの、今度はすかさず正面から拳が飛んでくる。
突然の動きに脳が付いていかず、無理に動かした体が酸素を求め、「殺す気か」と息を漏らすついでに吐き捨てれば「当然でしょう」と何の感情も含まずに言ってのけるアイツの姿は最早正真正銘の鬼。いや、元から鬼なんだけれども。
嗚呼もう一体なんなのさ!!!僕何もして無いじゃないか!!と叫ぼうとしたその時、僕の方が先に床に足を取られバランスを崩す。しかし遠慮など微塵も見当たる事無く、貫く気満々で目の前に迫ってくる鋭い爪が僕の目を突きそうな所で、ガァン!!なんて店には圧倒的に相応しくない音が響いた。
何事かと思えば、僕の目の前で不意にアイツが手を引っ込め後ろ頭を抱え、そうして何が起こったか見当も付かないと言った風な顔で、やっと僕から目を反らした。

「いくら鬼灯様でもおイタが過ぎます」
「リコちゃんコレ多分おイタじゃない」
「大丈夫ですか?白澤様」
「いや、大丈夫じゃ・・・ない」

よくよく目を凝らすと、目の前に広がっているのは不可解な場所に転がるアイツの金棒と若干怯えた風の桃タローくん。そうしてしてやったり!みたいな顔をしてアイツを睨むリコちゃんと、漸く理解したのかゆっくりと転がる金棒を手に取ったアイツがリコちゃんを見て口を開いた。

「よく、投げられましたね」
「重たかったです、流石に」

たったそれだけ交わした後、アイツは小さくため息を吐いて「今日の所は大人しく帰りますよ」なんて頭を押さえたまま店の出口へ歩いていったのだった。





嗚呼これでやっと平和になったのか、と思いきや既に翌日極楽満月にはアイツの姿。
ただ昨日と違うのはリコちゃんを口説く事にすっかり事務的作業も付加されている。

「貴女はやはり私の理想です」
「是非私と一緒に地獄に落ちましょう」
「貴女と一緒なら私きっと激務にも耐えれます」

再三振られても動揺すら見せずまるで壊れた鳩時計みたいに愛の言葉を吐き続けるアイツに、昨日変な動きをした所為で若干痛い腰を引きずりつつ居た僕は、薬を煎じながら尋ねた。

「お前、彼女の何処が好きなワケ?」
「臆する事無く私に触れてくれる所です」

なんて、随分とはっきりと言い切ったアイツの言葉に僕のほうが動揺してしまったなんて絶対に誰にも言えるわけが無かった。



( 僕が君を好きな理由と一緒だとかそんな)


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