全く以ってつまらない。挙句に全然良い気分がしない。
折角桃タローくんが気を利かせて作ってくれた料理だって、これと言って特に味がしない。多分本当は野菜の味だとか出汁の味だとかで美味しいとは思うけれど、今の僕には全く感じることが出来なくて本当に残念だ。けど、この状況下で能天気にご飯の味を堪能できる男が居たらそりゃぁそりゃぁ盛大に褒め称えてやりたいくらいなのだ。

聞こえる楽しそうな声に、思わずガリッと箸の先を噛む。
行儀が悪いだとか思うだろうけれど、今この場にはこの行儀の悪さを指摘してくれる人なんて居やしないのだ。いや、目の前の桃タローくんは指摘したげな顔をしているんだけれど、彼は頭の賢い子だから、何となく状況を飲み込んで、そうして敢えて突っ込んでくれないのかもしれない。だからその優しさに甘えて僕はガリガリと箸の先を噛んで怒りを抑えては、まだ湯気の昇っている汁物をゴクゴクと喉に通すのだった。

鬼灯の野郎が僕のリコちゃんに対して放った衝撃的な一言は、僕を再起させるまでに10分近く掛かった。その間アイツは僕のリコちゃんに向かって、あれやこれやと話し掛け、挙句の果てに取り出した携帯のアドレスをちゃっかり交換し、そうしてずっと手を握り締めていた。そうして漸く再起した僕はと言えば、物凄い勢いでリコちゃんをアイツの魔の手から遠ざけ追い出そうとどうにかこうにかアイツ自体を店から追い出そうと躍起になっていた。
と、其処へ帰ってきた桃タローくんが「晩御飯どうします?」なんて扉を開けつつ店を覗いたその時、何の間髪も遠慮も無しにアイツが「喜んで頂きます」なんてとんでもなく図々しい事を言ってのけたのだ。
この時恐らく桃タローくんは「晩御飯(のメニュー)どうします?」と僕とリコちゃんに聞いたに違いないが、突然のアイツのその一言に面食らって、そうして反射的に「あ、はいわかりました」と言ったに違い(だから僕はこれ以上彼を責め様とは思わない)が、確かにしっかりとその了承の言葉を聞き遂げたアイツは実に嫌な顔をして「楽しみですね」なんて薄ら寒いことを言ったのだった。

そういう経緯があって、こんな全然楽しくない食卓が出来上がったわけだけれど。
チラリと横を盗み見ると、リコちゃんはやたらと楽しそうにアイツの話を聞き入っていた。(しかも聞いているといつの間にかアイツリコちゃんの事ちゃっかり名前呼び!!)僕と居る時よりも若干楽しそうな気がするのは気のせいだろうか。
アイツが何かを言う度に、大きな目がキラキラ光ってとっても可愛らしい。一方でリコちゃんが話すと形の綺麗な唇が動くので、その度に僕はドキドキしてしまう。
けれどその先が僕へじゃないって言うことが、この場合大問題な訳で。

うぅぅぅ、ともう何度目か分からない怒りを鎮めるように箸先を噛む。
するとその邪念が届いたのか、くるりとこちらを向いたリコちゃんの目が僕を捉えてぱちくりと動いた。例えるならウサギみたい。そんな愛らしさしか無いリコちゃんは、僕がドキドキしっぱなしの唇を動かしてそうして桃みたいに甘い甘い声で僕を呼んだ。

「白澤様」
「なに?」
「お箸、噛んじゃ駄目ですよ」
「へ?」

そう言ってツンツンと自分の口を指す。恐らく僕に教える意味合いでやっているんだろうけれど、正直言って可愛いだけで一瞬何がなんだか分からなかったが、事前に「お箸」と言ってくれたので、哦、と素直に納得して箸を口から離す。
するとリコちゃんはそのまま少しだけほっとした表情を見せて笑った。

「怪我でもしたら大変ですからね」
「そーだね、ごめんね?」

僕がそう言うと伝えたいことが伝わって満足したのか、リコちゃんは再び自分のご飯に手を付ける。ぱくりと彼女の口の中へ消えていく里芋を見ながら心底その場所を変われと思っていたが、斜め前に座るアイツがまるで虫けらでも見るかの様な目で僕を見るので、折角だけど思うのを止め、箸を噛む代わりに自分の口へ米を放り込んで、何度も咀嚼することにした。

そうしていると段々と色々分かってくる。
今まで素っ気無かった米の甘みだとか、味噌の匂いだとか。
それからリコちゃんの優しさだとか。

(行儀が悪いのを窘められるよりも先に僕の心配をしてくれた・・・!)

そんな小さな分かった事に対して、後々からジワジワと嬉しさが追従してくる。
もしかして僕は凄く今幸せを感じているのかもしれない!と米を飲み込んで、更に箸を進め様としたその時。

「おぉーっと、滑りました」

そう言って何故だか斜め前からすっ飛んできた水の塊が見事に料理を避けて僕だけにぶち当たる。「ぶぁっ、」なんて情けない声と共に弾けた水が滴るの見てか、正面に座っていた桃タローくんと隣に座っていたリコちゃんが目を真ん丸に瞠って「「白澤様?!」」と声を揃えた一方で、「いやぁすみません大丈夫ですか、うっかり手をすっぽ抜けてしまいまして」とこれっぽっちの感情も篭っていない謝罪の言葉を易々と口にするアイツは実に腹立たしい顔をしていた。



(アイツ、絶対ワザとだろ!!!)


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