机の上に飾ってあるクリスタルなヒトシくんを磨いた布を置いたところで、懐に入れていた携帯電話が無機質な音を立てる。
今回も大方仕事絡みだろうと、ろくすっぽ画面も見ずに応答したのが間違いだったか、耳から入ってきたのは酷く能天気な声だった。




「やー悪いね」
「悪いと思うなら呼ばないで下さい白澤さん」
「でも、薬急いでたんでしょ?」

けらけらと何が楽しいのか笑う顔を見て殴ってしまいそうになる手を理性が一生懸命引き止める。本当は理性なんて曖昧なものは放り投げてしまってもいいのだが、奴が手にしている薬が駄目になってしまう事を考えると我慢せざるを得ず、いらいらと何かが蓄積される音がする。
それを知ってか知らずか、相も変わらず気持ちの悪い顔で接客する奴はゴソゴソと頼んでおいた薬を丁寧に袋に詰めていた。
奴の事は大嫌いだが、仕事に関してだけは何もいえない。少しの乱れも無くどんどんと詰められていく薬をぼんやりと眺めながらカウンターに肘を着いていれば、少し後ろからコトっと小さな音がした。

「お茶、どうぞ」
「ああ、はい。どうも」

視線を上げると其処に居たのは何時もの派手に着飾ったような女性ではなく、何と言うかこの場所にとても不似合いな女性。果たしてこんな従業員、この店に居ただろうかと首を捻ったその時、薬を詰めていた奴が、うぎゃぁぁあ!なんて悲鳴を上げた。

「ちょちょちょ、リコちゃん何やってんの!」
「何って、お客様ですよね?待っていただくようですしお茶でもと思いまして」
「病み上がりでしょうが!!」
「でもずっと寝たきりも辛くて」
「だからってよりによってコイツはもてなさなくたっていいんだよ!!!」
「失礼ですね白豚野郎の癖に」
「ぎゃん!!」

人の行為を易々と踏みにじり、あまつさえ客である私に対してその態度。
どうか穏便にと留めていた理性を遠くにやった手が、近くにあった小物入れを掴んで盗塁手を仕留めるピッチャーの如くそれを投げつけた。すると案の上情けない声を上げて奴は倒れ、漸くいらいらと蓄積された何かがぱちんと消えたところで、小さな悲鳴にも似た声が、こちらを離れて奴へ駆け寄っていくのを見た。

「だ、大丈夫ですか白澤様!!」
「もう駄目死んじゃう」

ぶつかったのであろう額を押さえてよたよたと大変ワザとらしく女性に縋り付く奴を宥めるようにして抱え込む女性を見ながら、ふと何かが引っかかりを感じる。
個人的に奴らが何をしていようが別段どうも思わない。(まぁそれが不貞行為だったら別な話だけれど)ただ、どうしても引っかかったものが気になって女性を凝視してしまっていたら、それを目敏く見つけた奴が、ギッとやれば出来たのか随分と鋭い目で私を睨んだ。

「ちょっとちょっと!!リコちゃんの事いやらしい目で見ないでよ!!」
「心外です、貴方以上にいやらしい目はこの世には存在しません」
「それこそとんだ心外だよ!僕の一体どこがいやらしいって言うのさ」
「逆に存在意義以外の何がいやらしくないって言うんです?」

はーやれやれとワザとらしくため息を吐くと、堪え性が無いのであろう奴がいつの間にやら女性の傍を離れていたかと思うと、思い切り右手を振り上げる。おやおや暴力で私に敵うとお思いですか?とばかりに傍に置いておいた金棒で応戦しようとした時、奴の右手を抱え込んで女性が声を上げた。

「喧嘩なら外でやってください!!」

よく通るその声に、目を見張る。
そうしてその声に先程から引っかかっていたものの正体が僅かばかりと解かれるような気がして、金棒を手に取ろうとした右手を止めた。
ちなみに奴はと言うと、彼女が声を上げたのが余程ショックだったのか、大層見っとも無い格好で女性に謝罪を繰り返すという醜態を見せ付けおり、それを見た女性もさっきの剣幕はどこへやら、例えるなら教育テレビのお姉さんの様にわざわざ奴に対して手を伸ばし頭を撫でて慰め、て・・・・・・・・・。

「テレビの、お姉さん?」

何かが、もうすぐわかりそうだ。
金棒を取るはずだった右手で額を押さえ、ぐるぐると思い出す。
この記憶はそう遠いものじゃないはずだ。数百年、千年単位で思い出す記憶なんかよりそれはあっさり出るはずだ。ああでもない、こうでもないと記憶を探っていくと、ふと朝磨いていたクリスタルなヒトシ君の笑顔を思い出した。
一体何故、と首を傾げたその時、そのテレビ番組のテーマソングが頭を占め、広大な自然の映像が流れ、とても青い空と偉大な建造物を映し、カメラがクローズアップした映像を思い出したところで、バチンと、まるで浄玻璃鏡のチャンネルを合わせたみたいに全てが合致した。

「・・・あの」
「ハイ?」
「あ、リコちゃん喋ったらダ「黙れ」ッ!!?」

子供をあやす様に奴の頭を撫でていた細い腕を取り、空いている反対の手で奴の口を思い切り塞ぐ、多少呼吸が出来ないのかジタバタしているがこれはこの際問題が無い。今解くべき問題はそんなものでは無いのだ。

「前世のお仕事は?」
「えっと、しがないタレントですが」
「主にどんな番組にご出演を?」
「世界のふしぎを、発見する番組とか」
「・・・そこでどんな役割を?」
「えぇっと、ミステリーハンターを少々」

ミステリーハンター。
その言葉が引っかかっていた私の中の全ての謎を解き明かしたその瞬間、世界中に散らばる謎が酷く矮小な物に思えた。冗談に思うかもしれないが、私はその瞬間本当にそう思ったのだ。

「アマゾンの秘境にある神殿の謎を解き明かす回、とても面白かったです」
「・・・ご覧になってらしたんですか?」
「はい、あと砂漠の回と天空の城の回は何度も見させていただきました」
「まぁ、本当に?」
「巨大な虫を笑顔で、しかも素手で捕まえているシーンには感激しました」
「わ、凄いそんな細かい所」
「あと真っ青な湖で泳がれた時に着ていた白いビキニ、とてもお似合いでした」

ずい、と思ったよりも足が前に踏み込んでいる事は承知していた。
いつの間にか、奴の口を押さえていた手を離していたことも承知していた。
ついでに物凄い勢いでその手を自分の着物で拭き、どうにかこうにか綺麗になった所で、はにかむように笑う女性の両手を掴んで近づいているのも承知していた。
余りにも唐突な展開に驚きすぎて逆に言葉が出ず固まっている奴を尻目に、身を乗り出すようにしてすっかり逸ってしまった心を吐き出した。

「ずっと貴女が好きでした」



(そう言った瞬間の奴の顔の酷さと言ったら)


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