久々に少し長めの休暇を貰って、シロ達と天国へ旅行に行った。
まぁいろいろあったけど比較的有意義に過ごせたし、何よりも楽しかったので、たまの休暇もいいものだと余韻に浸りながら俺は極楽満月の扉を開ける。
すると其処は相変わらず整いこそはしているが、混ざり合う薬草の匂いと、調合するための道具や薬の詰まった壷なんかで、ごちゃごちゃと落ち着きが無い。さらには足元には当店の薬剤師であるウサギたちがフスフスと鼻を鳴らしながら四方八方に動く。
嗚呼、帰ってきてしまった。ただいま現実・・・と少しばかり過ぎ去ってしまった楽しかった日々の感傷に浸りながら居たら、がちゃりと店の入り口の正面にある倉庫の扉が開いた。

「あ、帰ってきたの?お帰り桃タローくん」
「ただいま帰りました」
「楽しかった?」
「あ、ハイ」
「よかったねぇ〜」

なんて言いながら出てきたのは上司というか師匠というかの白澤様。大方倉庫(兼俺の自室)の方へしまっておいた薬草を取りに行ってたんだろう、両手には見たことも無いような瓶や箱が抱えられていた。それを見ながら俺も自分が持って帰ってきた荷物を置くため倉庫(兼俺の自室)へと足を進め様としたその時、「あ」と白澤様が声を上げた。

「桃タローくんのベッドさ、今僕が借りてるから」
「え?自分のベッドがあるじゃないですか」
「あ、大丈夫。ちゃんとシーツは変えてるし」
「いや、そうじゃなくて」

シーツそのままとか確かに嫌だが、今求めている答えは其処ではない。
なんとか食い下がるように白澤様へ、何故?と問いかけると、白澤様はニンマリと笑う。それを見た瞬間、なんか全てを悟ったような気がして俺は「あー」なんて情け無い声を絞るように出して、そうして次にため息を吐いた。

「賢い子は嫌いじゃないよ、僕」
「・・・と言うか俺が居ない間に何人連れ込んだんですか?」
「え?心外だなぁ。僕そんな嫌な奴に見える?」
「色狂いに関してこんなに嫌な奴見たこと無いですけど」
「哈哈、言うねぇ」

じとりとした視線を向けた先の白澤様は抱えていた瓶や箱を作業台へ置き、吊るされている薬草へと手を伸ばす。どうやらこれから作業でもするのだろう。あれやこれやと置かれていく物をぼんやりと眺めていたら、白澤様は必要なものが揃ったのか、がたんと椅子を引きながら、「でもまぁ君が想像してる事は無いよ」と喉を鳴らしながら笑った。その姿に少しの違和感を覚えたものの、特に追求する事無く俺は漸く持っていた荷物を倉庫(兼俺の自室)に置き、そうして長旅の疲れを癒すべく風呂場に向かったのだ。



時間にしたら30分程度か。
のんびりと風呂に浸かり、気分良く風呂から上がって再び店の扉を開けたら、先程まで白澤様しか居なかったはずの店には見知らぬ女性が1人。思わず凝視してしまった俺の視線に気付いてか、その女性はちらりとこちらへ視線を向け、にこりと笑って礼儀正しく頭を下げて来たので、こちらも頭を下げる。
こういう場合いつもならまず俺が居るとは思ってないのかギョっとされる事が多いのだが、彼女は存外普通すぎて逆に俺の方がギョッとした。
一体何処の誰なのだと思っていたら、大きめの鍋を持って居住スペースから白澤様が出てきて、そうして俺の方をピッと指差した。

「駄目だよ桃タローくん。この人にちょっかい出したら」
「いや出しませんけど・・・誰なんですか?」
「僕の彼女のリコちゃん」
「へぇ、彼女・・・」
「そ、彼女」
「・・・かの、じょ??!」

何事も無いように鍋をコンロに掛け、火の調節を行っている白澤様の言葉に思わず時間が止まる。伝えられた言葉をこれ以上無いくらい反芻し、その意味をよく咀嚼し終えたところで、俺の口から零れたのはただの悲鳴で、凄く迷惑そうに顔を顰めつつ、彼女だと言った女の人の耳を両手で塞ぎながら白澤様は言った。

「ま、色々あってアレなんだけど。今彼女ちょっと怪我してて僕の所で療養中なんだよ。もうすぐ良くなるとは思うんだけど、流石にそんな状態の女性と同衾なんて出来ないでしょ?だから僕が桃タローくんのベッド借りてて・・・てなワケだから、桃タローくん、今日の夜は外で寝てね」
「はぁあ?!」
「え、何怪我人を追い出すつもり?」
「や、違っ、そうじゃないけど!!」

じゃぁ何?と全くの悪意も無く真っ直ぐと俺を見て首を傾げる白澤様と、困ったように眉を下げて笑う女性の組み合わせはお似合いっちゃお似合いかもしれないけれど、俺が出て居た数日の間、一体全体何があってこうなってそう落ち着いてしまったのか。取り敢えずその話を聞く事を条件に、俺は今日から野宿する羽目になってしまったのであるが、まぁそれは置いておいて。

本日定休日の看板を下げた極楽満月の一室。
どうせ暫らくは一緒に暮らすんだしと設けられた一席で、こうなってしまったきっかけを聞くために酒を囲み席に着く。
時折足元を薬剤師であるウサギが通り過ぎるが、それはもう慣れてしまった事なので特に思うことは無かった。

で、話はこうだ。
ある日の天国、散歩をしていたリコさんがふとした瞬間穴から落ちた。
どんどんと降下して行く身体を守る術も持たず、非常に怖い思いをしていた所、たまたま通りがかった白澤様が助けた。だがその時白澤様は神獣の姿だったため、背中にあった角の部分が、リコさんの脇腹を突き、怪我をさせてしまった。それで手当てのために此処極楽満月へと運んだと言うわけだ。
一見そう聞くと単純明快な話であり実に辻褄が合い、一転の矛盾も無い。
ただしかしどういった了見や経緯があって「僕の彼女」なんて展開になったのか、微塵も見えて来ず、本当は正直面倒くさい方が勝っているけれど、何となく腑に落ちないので俺は長話になるからと白澤様自ら勺をしてくれた酒を煽りつつ聞いた。

「何でってそれが運命だからだよ」
「聞かなきゃ良かったって心底思いました」

酒が入っているのもあるんだろう。
気分がいいっていうのもあるんだろう。
随分とはっきり言い切った白澤様は、隣に座ってウサギの被り物を直して居たリコさんの肩を抱く。いつもならがばりとそれは大げさに抱き込みに行くが、彼女が怪我をしているからかはたまた本命だからかは分からないが、酷く優しく抱きこんだのが分かった。

「いやでも、リコさんは何でまた?」
「あ、桃タローくん勝手にリコちゃんとお話しないで!!」
「嫉妬深い女子か」

ずいっと身を乗り出して威嚇するかのように喋る白澤様を両手でかわしつつリコさんを見ると、「んー」と前置きしてリコさんが喋りだした。

「面白くて優しくていい人じゃないですか」
「騙されてますよそれ、上辺だけですよ」
「ちょっとォ!!なんて事言うのさ!!」

酷いよ酷いよ!と酒も入っての泣き上戸か、空いた杯を前に大げさに机に伏せて泣く。
さっき見せた紳士的な態度も一瞬で上書きされてしまいそうなその姿に苦笑いしていたら、同じように苦笑いをしたリコさんが優しく白澤様の背中を撫でる。
優しく、一定のリズムを保って撫でられるその手を見ながら、俺はもう一口酒を煽ってそうしてもう一度リコさんに聞いた。

「本当にいいんですか?」
「ええ、私には勿体無いくらい素敵な方です」
「そう、なんですか?」
「それに私、変わったものが大好きなんで」

にっこりと、これ以上無いかってくらい眩しい笑顔で微笑むリコさんが真っ直ぐに俺を見る。その目には一切の曇りも見られなくて、思わず喉から出掛かった「・・・え?」という言葉は、余りの綺麗さに尻込みをして引っ込んだ。



(白澤様の彼女は素敵なお嬢さんでした)


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