俺が彼女を目にしたのは、審議所を後にしてからだった。
リヴァイ兵長による"躾"の後、ハンジさんによる何やら妙に丁重な手当てをしてもらった後だった。正式に調査兵団へ入る手続きが終るまで暗い地下室でまた時間のわからない生活をするのかと半ば諦め気味で居たその時、革靴が石畳を叩く音共に彼女は俺の前にやって来たのだ。

「君が、エレン・イェーガー?」
「え?」

ひょこ、と檻越しに顔を覗かせた彼女は、上から下へと大きな目を動かして俺を見る。
それを見ていた周りの人らが彼女と何やらごそごそと話をしていたけれど、彼女は顔色ひとつ変えず、また防犯目的で向けられたのだろう棍棒にも怯む事無く「ハンジ分隊長に言われて来たんです」なんて酷くきっぱりと言い切った後、もう一度俺へと視線を寄越した。

「はじめまして、私はリコ」
「あ、はい・・・どうも」
「本当は握手のひとつもしたいんだけれど、接触は最低限にって言われてしまって」

ごめんね、そう言って彼女は手を伸ばす事無く小さく笑った。
そうしてその姿に一体何なのだと目を白黒させている俺を見てだろうか、彼女は思い出したように言葉を続けた。

「ハンジ分隊長からの命令を受けて」
「命令?」
「そう、私は君を観察しなければならないの」
「観察?」

監視ではなくて?と口に出そうとして口を噤む。この様にされている以上は当たり前の事だけれど、やはり悪い事をした覚えが無い自分としては、見張られているようなそれは口にして気分のいい言葉ではなかった。
それを察してかどうかは知らないが、目の前の彼女は少しだけ困ったような顔をして、もう一度「観察だよ」と言った。

観察。この言葉からイメージするのは昔近所の人が飼っていた鶏だ。
産んだ卵が孵るまで、ミカサとアルミンと日がな卵を見つめていた記憶がある。その際、アルミンが何か書き物をしていて、それは何かと尋ねた時に初めて「観察」という言葉を聞いた。
という事はつまり、俺は今鶏と同義なんだろうか。
んんん?と理解できないその言葉をどうにか理解しようとしていたら、目の前の彼女がふふふ、と息を零したのがわかった。

「エレンは顔に出やすいね」

なんて、そう言って笑うリコの笑顔に少し怯む。
悪い意味では勿論無い。強いて言うならここ数日、余りにも過度の緊張と悲鳴と怒号しかなかったからだ。
笑顔なんて見たのは、それこそトロスト区の壁がまだ綺麗に並んでる時以来で、それだから俺は怯んでしまったのだった。

「わ、悪いかよ」
「全然悪くない」

ふふふ、と未だ止む事無く零れ落ちる息が地下牢に反響する。
何となくそれがむず痒い気がして、俺は傍にあった薄っぺらい布団を引っ張り上げた。

「俺、もう今日は寝ますんで」
「そう?まぁ今日は色んな事があって疲れただろうし」

ゆっくり休んでね、と俺の気持ちを知らない彼女はまた笑顔を見せて、そうして元来た道を帰っていくのだろうか、革靴が石畳を叩く音が響いた。
そうしてそれはまるで睡眠への導入であるかのように、ぼんやりと聞いていた俺の目蓋を優しく下げた。



(その日、久しぶりに優しい夢を見た)


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