「うぅぅ、リコ。窓を開けて頂戴」

よたよたと今にも倒れそうな足取りで柔らかいソファに沈むヤムライハ様の声を聞いて窓を開けると、シンドリアの太陽が燦々と広場に降り注いでいるのが見えた。
それはそれは眩しい金色で、高く積まれた巻物で少しだけ暗く埃臭ささえ覚えた部屋を一瞬にして明るくする。その神々しさに目が眩み、手を翳した私と同じく、ヤムライハ様も金色に圧倒されたのか、手を翳して言う。

「もう何て言うか・・・暴力の類よね」

王国のためにこんなにも働いている私に対して酷い仕打ちよ!なんて手を翳したままわぁわぁと喚きながらヤムライハ様はより深くソファに沈む。そうしてゆっくりと深呼吸をした後、思い出したように言った。
そう言えばジャーファルさんに呼ばれてたんだったわ、なんて。
本当についでの様に言うものだから、私は少し笑ってしまった。

「ヤムライハ様、伺わなくて大丈夫なのですか?」
「えぇー・・・だってジャーファルさんよ?」
「ですが、政務官様も用事があっての事かと」

思うのですが、と私が口にすれば、漸く額から離した手を見詰めながらヤムライハ様は、眉を顰め、そうしてまるで子供の様に口にする。

「やだー面倒くさいー!」
「ですが・・・」
「こっちは徹夜なのにー!」
「えっと、」
「大体アイツが来れば解決するのよ!」

ねぇリコもそう思わない?なんて突拍子もない同意を求められ苦笑いするしか出来ない私に、ヤムライハ様はまるで水の中みたいに透き通った青い目をこちらに向けて、リコー、と猫なで声を出す。
ぎくりと過ぎった不安感にも似た感情に背筋を凍らせている私とは裏腹に、ヤムライハ様は如何にも思いつきました!という表情で言うのだった。

「お願いがあるの」





+++




――ジャーファル様なら執務室におられますよ。
――政務官殿は些か御機嫌が宜しくないようで。
――彼、どうやら3徹中だって文官に聞いたよ。
――シンドバッド様が何やらやらかした様でね。

黒秤塔から白羊塔へ向かう途中に集めた情報に不安を覚えながら私は白羊塔の大理石の廊下を渡る。カツカツと靴が真っ白の大理石とぶつかり、静かな空間に音がこだまする。
それを聞きながら、不慣れな場所だからだろうか、いつも以上に緊張してドキドキと音を立てる心臓を宥めつつ、光を取り入れるために作られた大きなアーチが並ぶ廊下を早足で歩き、一歩一歩確実にその部屋に向かった。


(あの大きな扉)

そうして先程背の高い文官様に聞いた部屋の扉を見つけ一際大きく心臓が跳ねる。
ヤムライハ様がお勤めになる部屋以外の出入りを殆どして来なかった私にとっては未知の領域である。ドキドキドキドキって耳元に移動しちゃったんじゃないかってくらいに大きな心臓の音を聞きながら、ええい、ままよ!と意気込みと反比例して小さく鳴らした扉の向こうから、どうぞ、と静かな声がした。

ギギギ、と思い音を立てながら開けたドアの向こうは、黒秤塔で見たような光景が広がっていた。
高く高く積み上げられた巻物や書物。今にも崩れそうな程重ねられた書類。そしてそのせいで光が届かなくなって薄暗くひんやりとした室内。
見慣れた光景によく似たそれに若干の安堵を覚えつつ視線をずらすと、ガリガリと羽ペンを動かす見慣れない姿が目に入り、ひゅっと心臓が縮む。

「何か?」
「ぇ、と、あの」

落ち着け私、と自制も込めて右手をぎゅっと握る。
ヤムライハ様の言伝を口にするだけだ!と頭で命令するが、緊張でガチガチになった体は思ったように声を出してくれず、政務官様の私をますます訝しむ目がこちらに向く。
このままでは怪しまれてしまう!と冷や汗が伝うのを感じつつ、私はカラカラの喉から漸く声を絞り出し、そうして音に乗せた。

「ヤ、ヤミュリャイハ様から言伝が!」

あり、まし・・・て・・・。

そうして萎んでいく私の声を気にしてか、政務官様は持っていた羽ペンを置き、酷く優しい声で「何ですか」と聞いて下さったのだった。











「成る程、ヤムライハは来れないと」
「はい。その様に仰せつかっております」

この気まずさは計り知れまい。先程の緊張とは全く違って今度は居たたまれな感が私の頭の天辺から爪先までを覆い尽くす。今すぐにでもこの部屋を飛び出したいのに、羞恥が私を縛って固い大理石の床に縫い止める。きっと今晩白羊塔は私の失態でモチキリだろう、そう思うと今度は妙に泣けてくる。こうなった原因は何だっけ、ああ、ヤムライハ様が行きたくないだのと我が儘を仰って・・・!なんて、安定しない感情に振り回されていた時、わかりました、と承諾をする政務官様の口から、聞き慣れた言葉が飛び出した。

「時にリコ」
「っ、はい!」
「人と話す時は目を合わせるモノですよ」

まぁ、苦手ならば強要はしませんが、と付け加える政務官様の言葉に慌ててウロウロと彷徨っていた視線を向けると深い深い色をした目がじっとこちらを向いていて、少しドキリとした。

「え、っと」

ソレがあまりにも意外で、次に継ぐ言葉を出せないでいたら、政務官様の表情が少し意地悪そうに緩み、そうして含みを持った言葉が私の耳に届いた。

「まぁ、あれ程盛大に噛むと私でも気まずさはありますが」
「〜〜〜ッ!!」
「でも、まぁ、次は目を合わせて会話なさいな」

ね?とまるで子供をあやすように仰る政務官様のその時の顔は酷く意地悪(に見えた)で、私は言葉にならない悲鳴を上げながらも何とか踵を返して大きな扉を閉めた。









ばたばたとはしたなくも静かな廊下を走る。
太陽が相変わらずキラキラとして眩しくて、光を取り入れる為に作られたアーチから見える中庭に生い茂る緑により良い色を付けているけれど、今日は目に留めることもない。取り敢えずとんでも無い羞恥心とうぎゃー!という声にならない声が私を占めているので、それをどうにか落ち着けようと、びゅんびゅんと風を切る。
途中で武官様に危ないぞと言われてもお構いなし。
早くヤムライハ様に結果と事の顛末と、そしてこのやり場のない気持ちを聞いて貰わなくては!その一心で踏み込むスピードを上げた私が、ソレに気が付いたのはもう少し後の事だった。


(彼は何故私の名前を知っていたのだろうか)


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