トロスト区奪還作戦の後の街は見たことが無い有様だった。
煙と埃と、血と肉塊と、ガラスと木片。
ひとたび息を吸い込めば、余りの匂いに思わず吐き出してしまいそうになる。
目を凝らしてみれば、余りの惨状に思わず目を伏せてしまいそうになる。
現実逃避が出来ればどれだけいいのだろうか。嘘で塗り固める事が出来ればどれだけいいのだろうか。そう思わずには居られないほど、街は壊滅していた。
誰もが伏せ目がちに歩く街。目が大きく開いているのは閉じる力も与えられなかったのであろう無力で有力だった人間達だった。

「はぁ」

もう何人目の遺体を馬車へと運んだだろう。遺体なら兎も角、ただの部品と成り果てた手足も結構な数を拾い集めたはずだ。先程まで手に持っていた部品を集めていた袋の重さを思い出して、慰めるように左手を擦る。しかしいつまで経ってもここに居るわけには行かない。早いところ作業へと戻らなければ。
そう自分へ言い聞かせて足を踏み出し、建物の角を曲がったところで、僕は初めて彼女を見た。

煙で霞むその街にはためく自由の翼。
それを掲げるのは英雄の証だと小さい頃友人に教わったが、どうにもこうにも英雄には見えないその姿。
ぼろぼろと目から溢れる涙は血で汚れてしまった地面へと零れるが、彼女は一向にそれを拭おうとしない。そればかりか目の前の惨状を反らす事無く見つめては、がりがりと手に持っていたペンを紙に走らせていた。

あれは、一体。
足を踏み出し、彼女へと近づこうとしたその時。

「アルミン、そっちはもう終ったか?」

そう言って、まだ一日目だというのに疲れきった顔をした同期の奴が僕に声をかけた。






「リコだろ?」

気になっていた答えと言うのは、案外とすんなり出てくるものだ。
寄宿舎に戻り、手を洗い、配給される食事を有難く口へ運ぶ。有事の後だからだろうか、今日の食堂は訓練兵だけではなく教官や駐屯兵団の人たちも居た。(流石に憲兵団は居ないが)そうした中で口々に飛び交うのは今日の出来事だった。
あいつは死んだ、あいつは生きてた、憎い巨人を倒した、変な巨人を見た。そうして取り留めない言葉の流れの中で、まだ兵士にもなれない僕が何のいぶかしみも無く彼女の情報が得られたのは当然の事だった。

「リコ?」
「調査兵団の、確かハンジ分隊長の班さ」

パンを齧りながら教えてくれたのは、彼女と同期だという駐屯兵団の先輩だった。
聞けば、彼女は調査兵団になる前はこのトロスト区で画家の父親の手伝いをしていたらしい。とは言え、画家の手伝い、なんて一体何をすればいいか良くわからない僕は、ただただパンを齧る事しか出来ないで居た。
何度も咀嚼して飲み込む。それを何回か繰り返していくうちに、パンは全て胃の中に落ち着いた。あんな惨状を目の当たりにしておきながら良く食べられるものだと思ったが、あんな惨状を目の当たりにしたからこそ食べられる気がした。
そうして漸く水を飲み干して空になったグラスを机に置いたその時、そんな惨状の中で、壊滅した出身地を前に、彼女が一体何を思っていたのかが酷く気になったのだった。



(気にした所で知り得ないけど)


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