冬眠とはこんな気分なのだろう。
布団に沈み込んだ身体はギシギシと痛いし、物事を把握できていない頭はぐらぐらと重い。それでもずるずると身体を引き摺ってまで出てきた時には7日ばかり日が過ぎていた。いつから、と言うのは伏せさせて頂くが。
とは言え7日ばかりと言うのは世間から遠ざかるには十分なもので、私は今目の前にある状態を把握できずに居た。

「随分と肝の据わったやつだなァ」

ぐいぐいと、予想より遥かに強い力で髪を引っ張るのは神官様。
噂はシンドリアへ向かっていた筈なのに、何故此処に!なんて7日もすれば文字通り飛んで帰れる御方だ。居たって何ら不思議は無い。と、言うよりもそれならば何故この食堂に神官様が居るのか。居るならば前もって誰か言ってくれればこんな事にならなかった筈なのに!と唸ってみてもやはり7日間の間に何かしら御触れがあったと考えれば、引き篭もっていた自分の所為だと考えるしかなくて、詰まる所自業自得と云った所か。
痛い痛いと喚けば、何が楽しいのか神官様は一際強く私の髪を引っ張って、そうして悪意しかない目を向けて思い出したように言うのだった。

「お前、何処かで見たことあると思えばメガネの手篭めか」
「違います滅相も無い事言わないで下さい!」
「あ?何だオイ。口答えか?」
「痛い痛い痛い痛い!!」

本当に!全く!一体全体何が楽しいのか。神官様はぐいぐいと髪を引っ張り、私が弱っていくのを一頻り楽しんだ後、けたけたと笑う。
その一方で御付なのだろうか、変な髭が男性はこちらを少しばかりハラハラした様子で伺っていた(無理に助けろとは言わないが、少しばかり止めろと進言してくれれも良いものだと思う)そんなこんなで出来上がっていく奇妙な空間にいい加減に痺れを切らしてしまいそうだった頃合い、神官様が一際強く髪の毛を引っ張り上げた。

「しかしメガネもセンスねぇな」
「いたいですはなしてくださいばかやめろ」
「まぁ、何にせよ此処に置いてったって事はそれだけのモンって事か」

なぁ、オイ。
そう言って、真っ赤な血みたいな冷たい色をした目が私を今一度上から下へと品定めするように眺める。途端、周りのルフがゾワゾワと震え上がったのを感じた。
一体この人は何なのだ。先程まで上機嫌で居た癖に、一瞬で不機嫌になる。結局の所私なんかが与り知れるような御人では無いにせよ、たった一睨みで此処まで人を恐怖させるだなんて。寝起きに此れはあんまりではないか!と震える手指を気付かれないように握った所で、神官様はパッと笑顔になる。そうして信じられない位にすんなりと手を離して私を解放したのだった。

「これ以上虐めたらメガネうるせーし」
「っ、」
「つーか、あれ?アイツ帰って来ねーんだっけ?」

まぁ、いいや。どっちもでも。
そう言って一気に私に興味を失った神官様はずかずかと広い食堂を去るために歩いていく。そしてその後を同じように追いかける御付の変な髭の男性がひらりと被っていた黒いクーフィーヤを靡かせる。嗚呼良かった。此れで全て綺麗さっぱりと解放された訳だ、と安堵している私のどこか一部と裏腹に、伸ばした手はぐい、と不躾に髪の毛を引っ張り上げた。誰のって、そりゃぁ。

「いってぇな!」
「あ、あの」
「んだよ、離せ。痛ぇって言ってんだろーが!」

ぎゃんぎゃんとまるで犬みたいに吠える神官様は、やっぱり犬みたいに身体を捩る。
そうして漸くこっちを向いて、ぎゃんぎゃんと吠える手前、少しだけ目を見張った。

「帰って来ないって、何ですか?」

正直な所、口の利き方がなっていないと思った。偉い人に対しての口の聞き方じゃない。反面、しょうがないとも思ったし、今更だとすら思った。なんせ既に偉い人に向かってばかとも口走ってしまっていた。けれど育ちはもともと山奥だ。言葉遣いだってきちんとしたものを教えてもらったのはたった数年前だ、なんて心の手前で開き直る。そうして動揺している心をうまく隠す。隠す、いや、隠れてなど無い。むしろ思い切り今動揺している。
ぎゅっと髪の毛を掴んでいた手の先が震えたのが伝わってしまったのだろうか。神官様はぱしぱしと瞬きをした後それはそれは大層上手に顔を歪めて笑った。一頻り笑って、まるで何も知らないなんて可哀想な子とでも言いたげに憐憫の色を含んだ目で私を見下ろし、そうして神官様は私の肩に手を掛け、実に優しく仰ったのだ。

「お前、何も聞いてねーんだな」




そうして散々馬鹿にされた翌日、私宛に夏黄文様から手紙が届いた。
色々すっ飛ばして要約したらそれは所謂別れの言葉だった。


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