散々だ。
結局逃げ出したルフは見つからなかった。とは言えルフは命の営みだから自然に任せるのが一番だよと言う声があるのもわかっていた。(けれど私としてはある程度気心の知れたルフに…云々)そのお陰か、どうかは知らないけれど手に持った水晶は上手く回らないし、いつもはもっと上手く書ける護符も字がへにゃっとなる。さらに言えばついうっかり本当のことをポロリと漏らして物凄い剣幕で呂斎様にやいのやいのと言われた。(けどこれは大きな声を聞いて駆け付けてくれた青舜様のお陰で何とか収まった。)
嗚呼、もう一体全体どうしちゃったのか!と半ば投げやり気味に青舜様に問いかけると、「さてはよもや風邪ですかな?」なんて言葉を貰ったので、そう言えばそんな気がする様な、しない様な、と首を傾げると、どこからとも無く熱が沸いて出てきた。
そうなるともう本日は閉店だとばかりに荷物を片付け、広い広い城内の一角にある使用人の住まい的な所は自分の狭い部屋の中で、布団を被って丸まったのだった。

曇りがちな煌帝国のその一室は、案の上暗い。
けれど明かりを点けるにはまだ時間的にも早いし、何よりも億劫だ。いっそ強い風が吹いて何もかもを全部吹っ飛ばしたら少しは晴れるし、明るくなるのかもしれない。何もかも。なんて、上手く寝れずに寝返りばかりを打って居たら、不意にコツンと誰が来るでもないその部屋の扉が叩く音を聞いた。

まさか呂斎様再び!か。それとも青舜様が気を利かせてくれたか、はたまた良くして貰っている女中さんかと頭を巡らせている内に、ギッと古い音を立てて扉が開いた。

「いい身分な者だ」
「げ」

素直に出た言葉と共に起こそうとしていた体を伏せる。
よりにもよって!とぎゅっと目を閉じたとき耳元でルフがざわついたのを聞いた。

「開口一番不満とは里が知れるぞ」
「ならば断りも無しに部屋に入ってくる黄文様は如何でしょうか」
「可愛くない奴だな、人が見舞いに来てやったというのに」
「誰も来てくれと頼んでなどおりません」

そう、頼んでなど無い。むしろ願い下げだ。
誰が好き好んでこんな時に呼ぶというのだ。
布団の中という狭い空間は酸素が少ないのか息が詰まるが、顔を出そうなどとは思わない。それどころかぐるりと更に布団を己の側へと巻き込んで抱え込む。
例えるならば蛹のように、守られて閉じこもるだけのその空間。その空間が私の中で最大の防御線だった、と、いうのに。

「リコ」

その衝撃と声色に一気に視界が開ける。
防衛線、なんて物は結局全然役になんてたちやしない。むしろ気休め程度だ。
先程まで暗いと感じていた部屋は尋常じゃないくらいに眩しい。
肺も喜び勇んで新鮮な空気を吸い込み、そうして酸欠でぐらつきそうだった脳味噌は何とか持ち堪えた。やったぞ、これで生きていける!なんて体は素直に生を喜んだものの、心は思い切りそれを拒んだ。

だって、だって。

「お前、其処まで俺が嫌か」
「っ、」

どうしたらいいか、なんて予想すらつかない。
自分は視ない主義だとか言ってた気がするけれどなりふり構えない。
今だって床にとっ散らかった占い道具は私の気持ちを答えてくれない。
一生懸命ルフに訊ねてみても是も非もない。
全く何にもわからない。
あれは一体何だったのか、あれは一体どういう意味か。あれは一体全体どうしてそうなったのだ。

ぐい、と指の腹で拭われた傍から涙が溢れてきて止まりそうも無い。
心臓は喧しく騒いで壊れそうでただただ胸が痛い。
熱いのだって、多分風邪なんかじゃ無いし、とは言えそれを表す言葉が無い。
嗚呼しかもこんな布団の上にだらしの無い格好で仰向けで、なんてとんでもない娘だ私は。

「黄文様、」

何がなんだかもう皆目検討がつかないと喚く為に開こうとした口は、もう一度黄文様の冷たい口で塞がれ、そうしてそれは酸素がなくなる寸前まで解放してもらえなかったのだった。


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