職務放棄だ!とばかりに水晶の中に閉じ込めていたルフのひとつがぽろりと零れ落ちて逃げ出したので、慌ててそのルフを追いかけて広い広い城の中をバタバタと走り回る。日頃は足音なんて立てはしないけど、致し方ない時だってあるのだ。擦れ違う人々は一切良い顔をしなかったけれど、私だって別に遊んでいるわけではないんだ、と刺さる視線に心の中で言い訳をしながらどんどんと突き進む。
気が付けばいつもの柳の下から人の多い城の職務室を抜け、階段、廊下を通り過ぎ、そうして、誰も使用していない倉庫と化している部屋に飛び込む。
行き場を失ったルフに手を伸ばして、えいやと両手で包み込んで一息を付いたその時、開けっ放しの倉庫の扉の向こうから、聞きなれたような声が聞こえた。

「いやはや、流石は燕舟殿であります!」
「なれば貴様も精進するのだな夏黄文」
「左様であります。その際はご鞭撻の程を是非私めに」
「其処まで言うのであれば暇が出来た際考えてやろう」
「有難き幸せにございます!」

深々と、手を合わせ頭を下げるのは、見慣れた鮮やかな黄色の布地。
しかも目の前を歩かれている「えんしゅうどの」が廊下を曲がり、完全に姿を見せる事が無くなるまで、頭を下げ続けているその姿に、思わず、ぷ、と声が漏れる。
しまった、と思うまもなく、ギロリと鋭い眼光はあっという間に私の所まですっ飛んできて、そうして物理的な距離もとっくに飛び越えて、がしりと大きな手が私の首根っこを掴んだのだった。

「盗み見とは見上げた根性だなリコ」
「偶然を盗み見と混同されるのは心外です」

ゴゴゴゴ、と渦巻く若干黒いオーラ。
突然の事にばくばくと音を立てる心臓をそのままに、少しだけ今後を憂いて震える声で「ルフを捕まえに来たの」と吐き出し、両手の内でジタバタするルフを黄文様の目の前に差し出しては見たものの、黄文様の眉根に皺が寄るだけで一向に効果は無い。
一体どうしたものかとルフに問いかけてみるも、捕まえたルフは機嫌が良くないのか一切の答えも出してくれなかったので、嗚呼、また怒られてしまうのか!と覚悟を決めた時、首根っこが開放され、私は薄暗い倉庫の床にどたりと音を立てて沈んだ。

「痛いです」
「我慢しろ」

横暴な、と思いを込めて黄文様を睨むが、元より一切の効果はなく、黄文様は黄文様で大きなため息を吐いて情けなく床に沈んだままの私の横に腰を下ろす。
下ろして、そうして吐き出した息を吸い込んだと思うと、まだ体勢の整っていない私の頭を思い切りぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら、そうして先程の私と同じ様に、ぷ、と声を漏らした。

「間抜けだな」
「黄文様酷い」
「お陰で先程まで湧き上がっていた苛々が消えた」
「それ良いことなんじゃないですか?」
「お前のせいでな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「前向きな奴め」
「えー違いましたか?」

なんて幾つかの言葉の後、おもむろに黄文様は声を零す。
「あのクソ狸が」とか「高慢な態度が気に要らん」とか。ぽつぽつと零れてくる言葉が徐々に愚痴に変化していって、終いには「今に見てろ」とか「絶対出世してやる」だとかに変わって言って、私はと言うと、彼のように役に就く事無く半ば無職のようにごろごろとしているだけなので、「お気持ちお察しします」とか「お城勤めも大変ですねー」とも軽々しく言えず、取り敢えずは顔を顰めている黄文様の少し癖のある頭に思い切り手を伸ばすしか出来なかった。

「・・・何をしている」
「いえ、お疲れのようなので」
「訳が、わからん」
「いい子、いい子です」
「何故」
「何故って、頑張っている人にはご褒美が必要でしょう?」

とは言え、この様な行為がご褒美になるかと言えば凄く微妙だけれど、と思いながら私が手を動かしていると、目の前の黄文様の肩が上下に揺れていて。

「え、何ですか笑う所とか全然無いんですけど」
「他に、遣り様があるだろ」

ぶは、なんて堪え切れなかった空気の塊が弾けて暗い倉庫に融けて行く。
そうしてそのまま暫く空気の塊が漏れて弾けて消えていったあと、捕まえたルフがどこかに行ってしまった事に気付いたりしたんだけれど、どうにもこうにもそんなに笑う事も無い黄文様がこんなに可笑しそうに笑っているので、もうあのルフは諦めるしかないなぁなどと暢気に思っていた時、「リコ」と黄文様が私を呼んだ。

「何でしょう−−−・・・」

「か?」という言葉は飲み込んだ。というか、飲み込まれた。
しかし可視化出来るわけではないのでもちろん揶揄である。ならば何故今この時に揶揄が必要かというと、そんなの。

「大人の男への褒美なんざ此れで十分なんだよ」

そんなの。
ひらひらとルフが飛ぶみたいに軽く後ろ手を振って視界から消えていく黄文様に聞けるわけも無く、私はただただ唖然として暗い倉庫に腰を下ろしたままだった。


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