何も無い日というのは存在する。
とは言え全くの無というわけではない。この場合別段やる事が無い、と言った方がいいのだろうか。昼前、武官様がこのへんで落としたというお守りを捜索した以外、今のところ何も無い。(ちなみにお守りは見つかった)
占いをして欲しいと言う客も今のところ来ては居ないし、ついでに私が使う所謂占い道具達は昨日細かい手入れをしてしまったのでピカピカと無駄に眩しく光を放っている。

また珍しく手伝いをしてはくれまいかと言う声も掛かりはしないし、こんな時に限っていつもはジメジメとしている煌帝国の空は青々と澄んでいるのだ。

「あー、暇」

いっそ眠ってしまおうか、とわざわざ勢いを付けて寝転んだそこに、ガツンと言う衝撃。流石に後ろ頭ばかりは守りが手薄なので、私は必死で後ろ頭を労わりながら、ガツンと言う衝撃の原因を睨み上げる。

「痛いではないですか!!」
「脳みそが入っていると確認できただけ有難いと思え」
「横暴な!!」

「もう!何なんですか!」と声を上げれば、其処に居た黄文様はどかりと腰を下ろし、そうしてそのまま持っていた書物を開く。瞬間周囲に墨独特の匂いが広がり、そうしてさっきまで声を上げていた私の声は場違いだとばかりに萎んでいき、そうしてもう一度静かな声で言う。

「何なんですか、一体」
「休憩しに来た」
「サボりですか、黄文様ともあろう方が」
「馬鹿を言え」
「さては紅玉姫様に嫌われでもしましたか?」
「そう言えば、お前にはまだ私の武術を披露していなかったな」
「わーい、遠慮します。ごめんなさい」

実にお互いわざとらしい会話を交わした後、黄文様は持っていた書物をぱたんと閉じる。そうして少しだけ顔をしかめながら言った。

「姫君は皇帝陛下に呼ばれたのでな」
「皇帝陛下に?」
「そんな中で臣下がおめおめと謁見なんぞ出来るわけがなかろう」
「まぁ、確かに」

普通の父子ならなんら不思議も無いだろうが、相手は皇帝陛下と姫様だ。そこで執り行われる会話なんて下々の者が気安く聞いていい会話ではない。
だから紅玉姫様が居なくなれば自然と臣下である黄文様に暇が出来るのも頷ける。とはいえ他の仕事をすれば良いのでは?と思いこそすれ、少しばかり睨みを利かされ持っていた本を持ち上げられているこの場では万が一にでも口には出せまい。
ごほん、と私はワザとらしく咳払いをして、そうして黄文様に向き直る。

「ならば暇つぶしに占いましょうか?」
「金を取るつもりだろう」
「すみません、商売ですので」

そう言って笑うと、黄文様はここぞとばかりのため息をついて「要らん」と言い切る。
そうして持っていた書物をもう一度開き、先程まで目で追っていたのであろうページを探しながら言うのだ。

「休憩に来たのだ」
「はい、さっきも聞きました」
「で、お前も休憩しようとしていただろう?リコ」
「というか昼寝ですね」

なんて、気安くいって良いものかと思案しようとした私の目が捕らえたのは、ぽん、と軽やかに叩かれる膝。言っておくが私の膝ではない。では誰の膝かと言うと。
つい、と視線を上げるといたく真面目な顔をなさっている黄文様。(というか若干鬼気迫るような何かそんな妙な感じが)

「え、っと」
「特別だ、貸してやる」
「いえ、別にっ」

要りません!と言おうとした私の頭はあっさりと大きな手に捕まれて、そうして問答無用に硬い膝の上に倒される。一瞬当たった頬骨が痛かったと文句を言おうと黄文様を見上げたら、どうやら気が済んだのか、それも良くわかりはしないが私の事なんてさっさと無視して書物を読む顔が映る。
嗚呼、もう、何なのだ!一体何なのだ!と喚く内心と裏腹に珍しく晴れ渡っている煌帝国の空は青々としていて、風が通る度に柳から木漏れ日がきらきらと降り注いでいて、そして微かに黄文様の服から焚かれていた香の匂いが鼻を掠めて。

(もういいや、眠ろう)

納得しがたい感情を一気に押さえ込んで私は甘んじて硬い膝を受け入れるのだった。


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