市街地にある自宅の裏庭にたくさんの花が咲いた。
季節もあって今までに見た事が無いくらいの立派な花。赤黄橙桃に白に薄い紫に葉っぱの緑が良く映えてあんまりにも綺麗だったので、私はその花の茎に触れた。



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両手いっぱいの花を抱えて、王宮内を歩くと、文官様や武官様、同じ様な侍女さんや給仕のおじ様が目を細めて笑う。そうしてシンドリアの花はやっぱりいいね、なんて言うから、私は嬉しくなって一本一本と花を手放す。
するとそのうちにシンドリアの大きな王宮が鮮やかな花で、甘い匂いで溢れて、それはそれは素敵なものに変わるから、私は今日も大きな花束を抱えて歩く。

黒秤塔に立ち寄ると、ヤムライハ様が私を見掛けて声を掛けてくださる。
リコはどこにいてもわかるわ、なんて言って、そうして白い細い手でそっと頭を撫でてくださった。
銀蠍塔へ赴くと、シャルルカン様とヒナホホ様が私に近づいて来て物珍しそうに花を眺める。名前を教えると、物知りだなぁなんて声を掛けてくれた。
赤蟹塔の近くで歩いていると、ドラコーン様とスパルトス様が顔を緩めて手を振ってくださったし、中庭へ行ったときはピスティ様とアラジンくんとアリババ様とモルジアナがきゃぁきゃぁと楽しそうに私を囲んでそうして口々に話をしてくれた。(美味しい南海生物はどれかって議論していた。私はアバレオトシゴ派)
そうやって声を掛けてくださった方たちに、一本一本花がシンドリアの王宮に渡ったところで一端私は王宮の中に入る。
流石に朝からずっと花を持ち歩いているわけにもいかない。(それにお花だって冷たい水が欲しいに決まっている)なのでこの手に持っている花を黒秤塔にある水瓶へと持って行こうと足を動かしていたところで、リコ、と後ろから声が掛かった。
視線を動かすと、不思議な色に輝く紫色。まるで夜の始まりみたいだと思っていると、近付いてきた夜の化身(否、シン王様)は私の目の前で花を指した。

「配り歩いているのは君だな」
「駄目でしたか?」
「いや、王宮が華やかになって嬉しいよ」

なぁ、ジャーファル。なんて言ってシン王様はワザとらしく視線を横にずらすと、目の前のジャーファル様は少しだけ不機嫌そうにシン王様を見た。

「シン、」
「はっはっは、何別に取って食ったりはしないさ」
「・・・シン?」
「・・・嫌だなジャーファルくん、その目」
「貴方前科何犯だと思ってるんですか」

なんて目の前でテンポよく繰り返される話に少しだけ肩を揺らすと、シン王様は私の手の中から一本大振りの花を選んで、ひょい、と抜いて笑う。

「この間の答え、出たようで何よりだ」
「・・・ご存知で?」
「まぁ、あの後絞られたからな。余計な事言うなって」
「いえ、シン王様は余計な事など」

言ってないのに、と瞬きをしながらシン王様を見ていると、シン王様は視線をチラリと横へ向けた後、あからさまに楽しそうな顔をして言葉を続けた。

「だが俺は反省などしない!」
「へ?」
「『こっちは色々我慢するの大変だったんですよ』」
「へ?」
「――ってジャーファルが、「シン!!仕事の時間です!」
「ジャー「さっさと働きなさい!馬車馬のように!」
「落ちつ「ほら!踏み付けられたいんですか貴方は!」
「とんだドS「シン!貴方いい加減になさい!」・・・はい」

突然始まった大声に思わず目をぱちぱちさせていると、その目の前に先程シン王様が抜き取った花と、シン王様の目が映る。
そうして、ふんわりとした花の匂いの中、少し低くて優しい声が降る。

「そういう訳で、さらばだリコ!」
「悪役みたいな事言わないでください」

思わず零れた私の言葉にニコリと笑顔を向けたまま、シン王様はその花と手をひらひらとさせて広くて長い王宮の廊下を歩いて白羊塔の方向へと消えて行ったので、一体なんだったんだろうと思わず肩を竦めた時、リコ、ともう一度私を呼ぶ声がした。

「ジャーファル様?」
「今日、午後からの予定は?」
「ヤムライハ様と道具の整理を」
「その後は?」
「いえ、別に特に何も」

あえて言うならお花の水やりですかね、と手に持っている花を抱え直すと、ジャーファル様は少しだけ考えた風に視線を泳がせて、それならば、と手を伸ばした。

「私も手伝いましょう」
「いえ、ですがジャーファル様お仕事が」
「どうせシンの見張りです」

そうして、ジャーファル様はシン王様と同じように一本私の手の中にある花から明るい色をした花を抜いて、そうして小さくそれにキスを落とす。
余りにも一連の動作に思わずドキリとした私をよそに、ジャーファル様は何事も無かったかのように、私の髪飾りの横にその花を挿して、そうして言った。

「それに私『色々我慢してる』んですよ」
「っ、ジャーファル様」
「リコ、前言いましたよね?二人の時は」
「・・・ジャーファル、さん」
「善く出来ました」

そうと決まれば、シンの見張りに行ってきますかね、なんてジャーファルさんはぐぐぐ、と伸びをした後、私の肩をぽんと叩いて、少しだけぐいっと引いて、そうして軽く頬に口付けをして、擦れ違いざまに言うのだ。

「頑張ってくださいね、リコ」
「ジャーファルさんも」

ふわふわと甘い花の匂いがさっきよりも近いから、思わずくらくらとしそうになる。
風になびくクーフィーヤを追ったの窓から見えるシンドリアの空は海と同じ色で、どこまでも青いし、太陽も眩しい。そして髪飾りと鮮やかな花を揺らすように吹き込んでくる風は、ほんのちょっぴり熱い。
だから。
私は持っている花を抱え直して、そうして急いで黒秤塔へと足を動かしたのだった。



(ああ、本当になんて幸せ!)



---fin.


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