最近曇りがちで薄暗い城には不釣合いなほど眩しい空色の髪をした青舜様の大きな目がやたら上機嫌そうに細められる。それは何事かと怪訝さに目を細めた私なんかとは大きく違い、きらきらと輝いていた。

「いやぁ、本当に良かった」
「お粗末さまでした」
「なんのなんの!千眼の姫君に占えて頂けただけで光栄ですよ」

青舜様は傍に置いてあった星座盤をくるくると手元で弄りながら笑う。なんて爽やかという言葉が似合う人であろうか。きっと私が同じ事をすれば行儀良く話を聞きなさい、などと起こられていたに違いないなどと思いつつ、私は私で片付けをしながら、はたと気付く。ところで千眼の姫君とは何ぞや。そう私が首を傾げれば、青舜様は、「嗚呼」、と口を開いて、また爽やかに笑った。

「渾名です」
「えーこんな小娘にそんな大層な」
「まぁ、貴女が来るまで爺ばかりでしたから煌の易師は。だから貴女が来たときはそりゃぁもう、やれ天晴れだのそれ聡明だのと騒ぎ立てと群がりの男共が酷かったもので。お陰でこちとら近づけもせず、漸く今日に至る訳で」

そう言われて思い返すは数年も前の出来事。田舎から城へと着たばかりの頃。
確かに目に映っていたのは手元の水晶をはじめとする私自身の道具と、自分とは違う大きな足と囲う影と集合してやたらと野太く響く声色だった。しかしそれも数年も経てば変わるもので、近頃の私が目にするものと言えば、もっぱら水晶と柳の木と池という風景画だ。

「とは言えここ最近はすっかり閑古鳥ですが」

そう、閑古鳥が鳴いて寛ぐ位には私は暇である。
時折城の者を手伝いこそすれ、それもどれも一時的なもので、手が足りていると断られた時は仕方なく柳の新芽の観察をする位である。それなのに、そんな私に青舜様が近付けないわけがないのに、と口にすれば、青舜様は「タイミングが合わんのですよ」と後ろ頭を掻く。
そうしてそのまま大きな目をぱちりと瞬かせ、怪訝そうな顔をしている私をその目に映しながら言った。

「夏黄文が居るでしょう?」
「黄文様?」

意外や意外。その言葉に今度は私が目を瞬かせる。そうして回想する。
すれば確かに彼と話すことが多かった。とは言え何時間も話すことはない。ただすれ違ったついでだとか、用事の申しつけだとかで一言交わす程度の時間の時だって多い。詰まる所四六時中一緒ならばタイミングが合わないと言えるかも知れないが、この状況はどう考えたって合わないわけが無いのである。
そう物言いたげな私に気付いてか青舜様が、苦笑いをして「まぁわからんのも無理が無いでしょう」と星座盤を弄っていた手を止め、私の方へと伸ばしてきたその時、視界の端が明るくなったのを感じた。

「なんとまぁ計ったようなタイミングですね、夏黄文」
「おや、私が来ると何か都合が悪いですかな青舜殿」

「いやいやまさか、大歓迎です」と笑う青舜様は、どっこいしょと見かけの割りに随分と年寄りくさい声を出して立ち上がった。一方私の手には金額がぴったりの煌紙幣。

「では千眼の姫君、私はこれにて」
「え、あの」
「狡猾な狗に手を噛まれてはたまりませんので」

「戦場以外では平穏に暮らしたいんです」と微笑んで青舜様は城の中へと消えていったけど、残された私としては言葉の意味と意図がさっぱりわからず、頂いた紙幣を握り締めるばかりで居たら、妙に苛立った黄文様の声が耳についた。

「喰えぬ奴め」
「貴方に言われたらお終いなんじゃ」
「おい、リコ」

うっかりと口を滑らせて心底ひやりとした。ちらりと顔色を仰ぎ見れば、思い切り眉間には皺が寄っている。痕が付いちゃいますよ!とモゴモゴしていたら、随分と乱暴な声色に変わった黄文様の右手が、いつの間にか私の頬を思い切り摘まみ上げ抓り捻る。ぎりぎりぎりぎり。その余りの痛さに「いひゃい、いひゃいやめへくらはい、かこぉぶんはま!!」なんて言葉にもなってないみっともない言葉を吐き、抓っているほうの腕を叩き抗議をする(もちろん紙幣は離さない)と、案外とあっさりその手は離れる。
そうして、ひりひりする頬を押さえ黄文様を睨み付けると、さっきまで私を抓っていた右手ががばりと顔面を覆った。

「わぷ、」
「ちったぁ働け、穀潰し」
「なっ、働いてますよ!失礼な!」

そうして散々な言葉を吐いたかと思うと、黄文様は先程来た道へと足を進める。
特に追いかける理由もない私はその後姿を見ながら「黄文様」と声をかけた。

「何しに来たのです?」

すると黄文様も特に振り返る事無く、手癖の悪い右手を宙にひらりと振って、一言「散歩」と答えたのだった。お前こそ働け、と腹の中で思いこそすれ、私はそれを声に出すことは無かった。


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