ばかだなぁ、そう言って笑うアリババ様を見て、なんてすごい人なのかと思った。
思わずぱちぱちと瞬きをしていると、そっとアラジンくんの手が触れて、そうしてモルジアナが言った。

「大丈夫、あなたを必ず幸せにします」

・・・やばい、きゅんときた。






茎の長さを揃えてパチンと鋏で切る。そうして不要な葉を落として、真っ白な花瓶に生けるとシンドリアの鮮やかな色をした花は嬉しそうに上を向いたので、何となく嬉しくなって落とした葉を指で突いていると、文官様が後ろからそっと声を掛けた。
ジャーファル様がお呼びです、なんて少しだけ戸惑ったように告げる言葉に、私はぎくりと心臓を揺らす。
そうしてどきどきと一人落ち着きがなく廊下を歩み、言われた部屋へと入ると、四方を羊用紙に囲まれ逆に真っ白に染まった部屋で、ジャーファル様がこちらを見て、にこりと笑う。けれどもそれはいつもとは少し違う笑顔。例えるならば、逃げ出したシンドバッド様に向けるような、悪戯をしたピスティ様に向けるような、口を滑らせたシャルルカン様に向けるような、そんな笑顔。怖いんだよー!とピスティ様が泣きべそをかいていたのを思い出すけど、今更逃げられるわけもなくて。

「何か、ご用でしょうか?」
「ご用、というより質問です」
「それは答えなければなりませんか?」
「上官命令です。答えなさい」

はい。としか言いようがない。
思わず身を縮こまらせた私に、ジャーファル様は無遠慮に言葉を発する。

「誰の入れ知恵でしょうか」



シンドバッド王が、恋は下心だと仰った。
なるほど、わからん。と私が考え込んでいたら目の前にひらひらと小さな影。
視線を上げるとニコニコと笑うアリババ様とアラジンくんが居て、その一歩後ろにモルジアナが居た。だから、私はぽつりぽつりとシンドバッド王が話していた言葉を、意味を尋ねた。するとお三方は小さく苦笑いして、それはリコさんが考えなきゃ駄目だ、と言ったので、そこをなんとか!と無理に食い下がったら、アリババ様が「ならヒントを作ろう」と仰ったのだ。

「知りたいんでしょう?リコさん」
「ええ、それは…」
「ならまずはヤムライハさんにお願いしなくちゃ」
「お願い、ですか?」
「ヤムさんは許してくれるかなぁ」
「んーどうだろうなぁ。あの人リコさん大好きだからなぁ」
「此処で考えていても埒が明きませんので。早いとこ行って交渉しましょう」
「俺モルジアナのその行動力尊敬する」
「モルさんは男前だからねぇ」
「えぇっと、あの」

話の流れに付いて行こうと必死になる私の頭をアリババ様はぽんと撫でる。
そうしてアラジンくんがぎゅっと手を握り、そうしてモルジアナが肩を叩いた。

「暫く、ジャーファルさんの下で働いてみればいいんだよ」
「そうすれば多少なりとも心象がはっきりするさ」
「そうしたら、シンドバッドさんの意味もわかるかもしれない」

そうアリババ様に諭され、アラジンくんに賛成され、モルジアナに背中を押され今に至るのだ、と、拙いながらに説明すると、目の前のジャーファル様は額に手を当てて何やら考え込まれていた。(と、言うよりもぐったりしている)そうして、どうしたものかと不安になりそうになった私の名前を小さく呼んだのだった。

「リコ、貴女馬鹿でしょう」
「…存じております」
「で、あなたを唆した犯人はアリババくん達とシンでよろしいんですね」
「犯人、は言い過ぎかと」
「…それは失礼」

はぁ、とジャーファル様はため息をついて、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
そうして締め切っていた部屋の窓をギィと音を立てて開け放つ。
瞬間、シンドリアの暖かな気候を纏った風がザァァァと部屋に飛び込んできてバラバラと羊用紙を捲り騒ぎ立てる。思わず瞑った目を開けると、その風に合わせてキラキラとジャーファル様の前髪とクーフィーヤが揺れた。

「リコ」

そうして、そのまま風は私へと到達する。
キラキラとしたものの正体はルフの欠片だろうか。

「それで、結局貴女は答えが出たのですか?」

それとも、と視線を向けると、窓の外の樹が大きく揺れて太陽の光を悪戯に弄び、ゆっくりと、ゆっくりと私にも降り注ぐ。それはとても暖かくて、それはとても優しくて、そうして、キラリと私の髪飾りを撫でて流れる。
気が付けば、ジャーファル様との距離は近くなっていて、少しでも動けば肩が触れてしまうんじゃないかと思った。でも、そこから離れようなんて私の頭は少しも考えなくて、結局大人しくジャーファル様の深い色をした目の中に閉じ込められてしまったのだ。

「私は、」



(多分、最初から意味を知っていたのだ)


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