此処で一つ、私の話をしましょうか。



目の前ではらはらと涙を零している彼女はリコと言う。
出会ったのは少し前だが、私がリコのことを知ったのはそれよりもかなり前のことだ。知った、というには少しばかり語弊が生じるかもしれないが、それでも時折シャルルカンやピスティ、シン王のいる席でヤムライハが楽しそうに話していたのを聞いて、私はリコを知ったのだった。

とても可愛くて、賢くて、危なっかしくて。
だけど強くて、優しくて、涙もろくて。
くるくると表情が変わって、それでいてとても笑顔が素敵。

何かある度にヤムライハがとても嬉しそうに話し、そして彼女を知っている人々が賛同する。
その度にどのような人物であるか興味が湧いたものの、「ジャーファルさんに教えたらそのままシンドバッド王に伝わって手を出されちゃうかもしれないからダメです。教えません!」の一言で一蹴され続けていたので、とんだとばっちりだが致し方ないと諦めていた。(あとシン王の異性への信用のなさは如何なものかと思わず唸った事もある。)

しかしそんなある日、予想もしていなかった晴れた穏やかなシンドリアの陽気の中で事が動いた。
ふわり、と差し込む光とともにおずおずと暗く黒くなっていた白羊塔の中に入ってきた少女を見て、一瞬で理解した。そうして間違いないと確信する程に私の中で出来上がっていたヤムライハがいう「リコ」の像と彼女はぴたりと一致していたのだ。
そうして、やっと見ることの出来たリコの姿が頭から離れることはなく、そのままストンと私の中にリコが入り込んでしまったのだ。

そこから気が付けばリコを探していた。
用を探しては黒秤塔へ足を運んでみたり、ヤムライハの拠点である図書館へ籠ってみたり、無理矢理に時間を遣り繰りしては、リコとの時間を取った。

時折怪しすぎやしないだろうかと思い返して反省するものの、どうやらリコは一切気が付いていないらしく、ヤムライハが言うように表情を変えて、なんの戸惑いもなく政務官様からジャーファル様へと距離を縮めた。
それが嬉しくあり、そして同時に浅はかにも思う。
思わずシン王との夜酒の席でそう漏らした時の彼の(いやに楽しそうな)顔は忘れることはない。
だが次の瞬間、彼は空きかけていた杯に並々と酒を注ぎ、そうして青白く光るシンドリアの月へと掲げ得意気に言ったのだ。

「それが恋っていうものさ!」

その言葉は余りにも希望に満ち溢れ、そうして期待を孕み、今までに無いほど世界を輝かせた。
海が声をあげて、キラキラと星が瞬き、甘い果実が強く香った。

「・・・恋、ですか」
「嗚呼恋だ!そしてそれはとても素晴らしいものだ!」

力強く続けるシン王のその声に半ば呆れたように呟いた自分の声が混ざるが、その実、裏腹では恋を知った私は高揚していたのだろう。杯を持つ手に少しだけ力が入っていた。




それから恋を自覚した私は少しだけ行動する。
まぁ、その大半はシン王の助言あってこそだ。しかも彼の助言は至極適切で傍目から見てもとてもスマートなものだった。そうして半信半疑に疑いつつも行動した分だけ、目に見えて成果(というのは失礼かもしれないが、他に言葉が思いつかない)が現れた。

リコと二人で他愛のない話をする回数が増えた。
リコに似合う髪飾りを渡すことが出来た。
リコと目を合わせる事が多くなった。

そうして少しずつ積み上がっていくにつれ、もしかして!などという自惚れにも似た期待感が膨らむ。
それはどうしようもなく低俗で下賤な感情だとも理解していたが、どうにもこうにもこの先を望む焦燥感が止まる事はなく、今思えばそれが拙いものだったと気づいたのは、半月以上も前のこと。

ばちり、と遠くから感じたリコの視線と自分の視線が絡んだ瞬間に、凄い勢いで避けられたのが遠目に見ても分かった。え?などと思いこそすれ、そのままあれよあれよと仕事に忙殺され、弁明の時間は削られる。
そうして消化出来ない気持ちが日毎増していたそのタイミングで仕事に嫌気が差したシン王が逃走したのだった。私だって疲れてるのに!と苦い顔で辺りを捜索し、いよいよ疲れ果てて座り込みそうになった時、キラリとシンドリアの太陽が何かに反射した。

目を細めて見上げると、太陽の光が見覚えのある形に集まっている。
まるで雪の結晶のようなソレは私が散々迷ったものと似ていた。
それを見た瞬間、私はあろうことかシン王を放り出して、柄になく駆け出す。
一歩、一歩が加速付いて、風が耳元で切れて、びゅうびゅうと騒いだのを感じた。
そうして視界の端の芝がふわりと舞い上がり、草の青さが空に溶けたのを見た。
急いで階段を駆け上がる度に、肩が、肺が、息が上がってみっともないように思えた。

でも、だけれども、それでも、と辿り着き平静を装って近づいたその時、私は恋が思っていたよりも遥かに冷たいものだと知ることになる。



泣きたいわけじゃ、ないんです。



そう言いながら、なおも泣き続けるリコの涙は私の指一つでは拭い去ることが出来ず、次から次へと取り零れていく。そうしてじわじわと水溜りを作り、床を少しだけ濃い色に変えた。

恋が素晴らしいものだ、とシン王は言ったけれど、恋が素晴らしいものならばこれ程まで私の胸が痛むようなことは無いのではないのだろうか。
シン王の様に十色の恋愛などしたことのない私にとって広義の恋の醍醐味は計り知れない。
恋を知った、などと知ったかぶって、結局恋の正体も形も性質も何もかもがわからない酷く未熟な私は、未だリコの涙を止める事すら出来ない。
きっとシン王ならば手本の様な振る舞いが出来るのに、と、余りにも不甲斐ない自分に思わず奥歯をかむ。
そのもどかしさと遣る瀬なさが相まって、私はリコの涙を今一度指で拭い去った後、新しい涙が零れてしまわない内にその体を抱き込んだのだった。



(こんな行為ひとつで涙が止まるならば)


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