目の前の大きな木には小振りの花が沢山咲いていて、黒秤塔を華やかに飾り付けていたのはもうひと月も前のこと。
高い位置にそびえ立つ王宮は太陽に近い分温暖だが、反面、風も少し強い。すっかり盛りを終えてしまった花はそんな風に耐えられるはずもなく、気が付けば音もなくハラハラと零れていた。
ソレを見てヤムライハ様が寂しいわね、などと仰っていたのを思い出したが、私は不思議とそうは思わず、空き時間があれば足繁く通うほどにはその花が零れ落ちる様が好きだった。

ぶわっ、と風が吹く度に白い花びらがその風に乗って止め処なく零れる。

庭師の方は大変だろうな、なんて思いながらテラスに置いてある椅子に座り目を閉じるとチィチィと小鳥が囀り歌うのが聞こえる。今日は天気も良いし、最高だ!なんて甘い香りを目一杯吸い込んだが最後、私の意識はそこで見事に途切れたのだった。






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ぽつりぽつりと降り積もる。雨にしては酷く温かい。
心地の良いその感覚に誘われるように目をゆっくりと開けると、柔らかい声が白い花びらと一緒に目の前に零れた。

「お目覚めですか?」
「、ぇ?」

きらきらと傾いた日差しが透けて美しい象牙色に反射する。
眩しくて思わず目を凝らした先の光源を辿ると、まだ高く昇ったシンドリアの太陽と、見知った、けれど暫く見掛けることの無かった顔がそこにあった。

「・・・じゃーふぁる、さま?」
「はい」
「・・・バルバッド、は?」
「先程、戻りました」

す、っと降り積もるような感覚の原因であろう手を引っ込めながら言うジャーファル様の姿をぼんやりと眺め、そうして数秒後。覚醒した意識が私を椅子から大きく引き剥がす。
ガタン!と接していた地面から離れた椅子の脚が吠えたが、私は気にする事なく声を上げた。

「え!!!」
「どうしました?リコ」
「わ、私ってば!すっかり寝てしまっ!!」
「落ち着いてください」
「で、ですが!お迎えも・・・!」

なんてことだ!思わず頭の中に居る私が喚く。
ジャーファル様のお迎えのみならず、シンドバッド王のお迎えすらもすっぽかしてしまったのだ!(何故誰も私を起こしに来なかった!!!)これが落ち着いていられるわけもない!と、すっかり目を白黒させて焦る私に、ジャーファル様はもう一度言う。

「落ち着いてください」
「ですが!」
「シンも私も、出迎えがなかったからと言ってリコを責めたりしません。まぁ淋しいと言えばあれかもしれませんが」
「ですが、」
「それに貴女が思うほどそう殊勝な人間ではありません」
「ですが・・・」
「寧ろ私は貴女がこうして此処で眠っていてくれて良かった」

だから、まぁ、お座りなさい。とジャーファル様は、記憶に有る通り優しく私を諭すので、私は言葉に詰まりながらソレに従う。ギッ、と椅子が鳴き、床が擦れる。ソレを見遣って、ジャーファル様は、リコ、と私の名前を呼んだ。

「いつも此処へ?」
「最近は、そうですね。花が綺麗なので」
「花・・・?あぁ、この白い・・・確かに綺麗ですね」
「花の盛りは、もっと素晴らしかったんですよ」
「けれど、こうして零れるのも中々に素晴らしい」

まるで、雪みたいで。とジャーファル様が手を翳すと、ハラハラと風に乗って零れ落ちる花びらがふわりと音もなくジャーファル様の手に乗って遊ぶ。

「あの、ジャーファル様」
「何でしょう?」
「ゆき、とは一体」
「見たことが?」
「お恥ずかしながら」

ゆき、と思いの外柔らかな言葉を舌先で転がす。するとジャーファル様が懇切丁寧に、ゆきについて教えてくれる。北の地では寒くなると空から小さくて白くて冷たい結晶が降るのだ、と。

「結晶・・・」
「そう、わかりやすく言えばこの花みたいなモノです」
「空から、花が降るんですか?」
「まぁ、そのようなモノだと捉えていただければ」

一体どの様な風景か皆目見当も付かないけれど、ジャーファル様が仰るのなら、ソレはとても綺麗な光景に違いない。そう思った時、びゅぅぅ、と強い風が吹き抜けた。

一斉に、そう、一斉にだ。

王宮にある木々が一斉にザワザワと斜めに揺れ、眼下に広がる芝が青く光り、目の前のジャーファル様はクーフィーヤを、私は視界に入る髪の毛を片手で押さえる。そんな中素知らぬ顔で花が辺り一面に吹き零れ、乱れる。視界は白で埋め尽くされ、甘い香りを強く放つ。

「わ、」

幻想的なその景色に惚けていたら、ジャーファル様の深い深い色をした目と目が合った。

「綺麗ですね」
「はい、とっても」

笑い合った時には、風は過ぎ去り花もハラリとその場に零れるのみ。
少し寂しいような気もするけど、よく分からない満足感でいっぱいになっていたら、ジャーファル様が今一度、リコ、と私の名前を呼んだ。

「これを、貴女に」

そう仰ってジャーファル様が袖口から何かを取り出し、私の掌へと乗せる。
ぱちりと瞬きをして覗き込めば、今目の前に零れていく花のような、ゆきの結晶の様な形の髪飾りが1つ。

「バルバッドで見掛けて、その・・・リコに似合うと思いまして」

めめめめめ滅相もない!
こんな素敵なものいただけるわけがない!
そう口を開こうとした私を予期してか、にっこりと笑ったジャーファル様の指がすっと私の唇に止まったのだった。



(何も言わずに大人しく受け取りなさいな)


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