ソレはシンドリアに恵みの雨が降る日の事。
いつも騒がしく餌をねだる小鳥が、静かに森で蹲っていたから、私が思い切り寝坊してしまった日の事。

「やってしまった」



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足音をなるべく立てないように私は図書館へと足を運ぶ。
手にはいつものように巻物を持って。ただし本数と図書館へと足を運ぶ回数は多い。3本×7セット目だ。いつもならヤムライハ様が部下の魔導士様に伝えて手伝ってくださるのだけれど、今新しい魔法についての研究で誰も彼もが手一杯の状態だったのだ。ヤムライハ様は無理せず今度でも良いと言ってくださったけれど、ドンドンと新しい巻物が積まれて行く部屋にいつまでも使ったモノを置いておくのも忍びない(それに部屋が埋まってしまう!)ので、私は進んでやりますと声を上げた。
が、やぱりもう最後とは言え私にはちょっと多かった。巻物を持つ手は明日筋肉痛になって使えないのではないかと言うくらいには酷使している。それに足も、普段とは違い重たいモノを持っての移動となると、使われない筋肉が使われているのか、痛くなっていた。

(こ、これが終わったらちょっと休もう)

ぎゅっと少し古い紙の独特な匂いがする巻物を抱え直し、よっこいしょ!と気合いを入れるが、すっかりバテてしまった体は正直だ。へろへろと蛇行しながら王宮の広い廊下を歩く私に何人かの人が見兼ねて手伝おうかと声を掛けてくれたのだが、皆手に明らかな所用を抱えていたので、感謝しつつ断りながら歩いていたら、後ろからリコ!と声がした。

「ジャーファル様、と、マスルール様」

こんにちは、と巻物の間だから顔を出して挨拶をすると、相変わらずニコニコと人好きのする笑顔を浮かべるジャーファル様と、少し高い位置から、此方を不思議そうに見下ろすマスルール様がいらっしゃった。
ジャーファル様とは最近よく話をするのだが、マスルール様とは余り喋ったことがない。(それに元より寡黙な方だ)少しドキドキしながらいたら、ジャーファル様の深い色の目が此方を向いた。

「結構扱き使かわれてますね」
「いえ、そんな事はありません」
「重たいでしょうに」
「ええ、ですが、もう終わりますし」

全然大丈夫ですよ!と少し心配そうな声に返すと、ジャーファル様は苦笑いをした。
それもそうだろう、先程まで見苦しくフラフラと歩いていたのだから、なんて考える私の上。
すっと音もなく、視界が翳った。
え?なんて上を仰いだら先程まで私の横で少し古い紙の独特な匂いを発していた巻物が通過していくのが見えた。そうしてそのまま辿っていくと、巻物はすっぽりとマスルール様の腕に収まっている。事態が上手く飲み込めないままいる私を余所に、マスルール様は、図書館っスよね、と一言仰った後、ジャーファル様と声を潜めて何やら言葉を交わす。

「目、怖いっスよ」
「横取りですか?」
「その殺気を受けて出来る訳ないでしょう。てか、俺コレ持って行きすんでその間話してたらいいじゃないですか」
「そう、ですね。そうしましょう」

しかし、そんなお二方の会話が上手く聞き取れなくて思わず顔を顰めてしまった私を余所に、ぺこりと頭を下げて図書室へと足を進めてしまったマスルール様の背中が見えたので慌てて手を伸ばそうとしたら、その手をぱしりと軽く取られた。

「彼に任せましょう」
「ですが」
「大丈夫、悪いようにはしません」
「それは、そうでしょうけど」

でも、と言葉を零すとジャーファル様は笑って、貴女は働きすぎです、とふわりと私の頭を撫でた。
撫でて、そうして気付いたように瞬きをする。

「リコ、いつもの髪飾りはどうしました?」
「朝、壊れてしまって」
「新しいのは?」
「この間ちょっとお金を使ってしまったので」

暫くはこのままでいようかな、などと言葉を濁すと、ジャーファル様は何やら少し考えた後、もう一度私の頭を撫でた。(と言うより、何かこう、わしゃわしゃされた)そうして少し跳ねてしまった髪を手櫛で整えてくださりながら、ジャーファル様は言う。

「まぁ、でも、似合ってますよ」
「・・・はぁ」
「何だか新鮮ですし」
「それは、ありがとうございます」

それから一体どうしたのか、余程私の髪型が変だったのか妙に気に入ったのかどうかは知らないけれど、ジャーファル様は再びマスルール様が図書室より戻られるまでひたすら私の頭を撫でてながら、今日の天気は雨ですね、とか、今度シンドバッド王とバルバッドへ行くのだ、とか、中央市場で見つけた果物の話とか、止め処なくお話をされたのだった。
それはまるで今日降っている雨みたいに止むことがなかったものだから、何だかとても気恥ずかしくなり端から見たら、普通のお顔のジャーファル様に比べて私の顔は少し赤かったに違いないだろうなと思った。



(耳に触れる指がくすぐったい)


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