シンドリアに咲く花はどれも大振りで、そして何よりもとても鮮やかで華やかな香りのモノが多い。先程王宮庭師のイシュバーニャさんにどうぞと渡されたこの花だって例外ではない。私の小さな腕の中で桃色が溢れそうなくらいに存在感を放っている。
私はソレを落とさないように慎重に運び、ヤムライハ様の部屋へ持っていき、棚に置いてあった空の花瓶にたっぷりの水と共に活けていたら、お仕事の手を休めたヤムライハ様が、綺麗ね、と零した。

「やっぱりお花があると雰囲気が変わって良いわね」
「はい、お部屋の中が明るくなります」

パチン、パチンと不格好にはみ出る葉をハサミで揃えつつ言うと、ヤムライハ様が、あら?と視線を横へ反らす。

「随分と貰ったのねリコ」
「断れなくて」
「あなたらしいわ」

ふふ、と笑うヤムライハ様につられて私も笑う。ふわふわと甘い匂いがする花に部屋中が満たされてソレが何とも心地がいいな、そう思ったその時、ふと私の頭の中にある事が浮かんだ。

「リコ?どうかした?」
「ああ、いえ。ただ沢山余ったのでお裾分けしようかと」

思いまして、と告げたらヤムライハ様は、終業時間までに枯れないようにと、魔法で氷に閉じ込めてくださったのだった。






+++





ゴーン、ゴーン、と辺り一面に響き渡る鐘の音に作業の手を止め、そうして片付けに入る。本当はもう少しお仕事はあるものの、ヤムライハ様が、お花を配るんでしょう?と切り上げる事を許可して下さったのだ。
そのお心遣いに感謝しつつ、私はすっかり溶けてしまいそうな氷水(まだ完全に溶けきってなかった!)から花を取り出し、少し水気を切って濡れないようにまとめた後、ヤムライハ様がいらっしゃる部屋を後にした。

終業時刻を過ぎた王宮の中はざわざわと浮き足立っている。これからどうしようか、と友人同士で相談する姿や、街に繰り出すのか早々に着替えた人の姿が目に入る。その中、沢山の花束を抱えて歩く私は少し目立つのだろう。チラチラと好奇の色を湛えた人々の視線を感じながらも目的地へと真っ直ぐと足を動かす。
途中、知り合いや同僚の人、またドラコーン様が、凄い花だな、と声を掛けて下さったので、その度に花を差し出したりしたりして、何だかんだ目的地に着く頃には沢山あった花も花瓶1つ分くらいになっていた。

(多過ぎる事もないし、丁度良いかも)

そう思いながら私は白羊塔の中へと入り、目的地である部屋の前に立つ。そうして深呼吸をした後、コンコンとドアを叩き、どうぞ、と促され部屋に入った。
執務室は相変わらず書類でいっぱいだ、なんて辺りを見渡す。流石に勤務時間外だからか、部屋に居る人はまばらだったが、その部屋の奥では終業時間だと言うのにカリカリとペンを動かし続ける彼の姿を見つけた。
仕事中なら、話し掛けるのは憚られる。なんて花を抱えて立ち止まる私の気配を察したのか、ジャーファル様のペンを持つ右とが止まり、そうして深い色をした目がこちらを向いた。

「リコ、どうかしましたか?」
「すみませんお仕事中に」
「いえ、どうせもう終わりにしようと思っていた所です」

それより、とジャーファル様は優しい笑みを浮かべたまま視線を花に向けたので、私は、そうだ!当初の目的を思い出し、あの!と声を挙げた。

「お花を飾らせて下さい」






ヤムライハ様の時と同じように、花瓶に水を入れて花を活ける。そうしてやはり大きく飛び出していた葉をハサミで揃えていたら、ジャーファル様が、綺麗ですね、と私の隣に立って花瓶に活けた花を見た。

「黒秤塔の所の中庭の花なんです」
「どうりであまり見たことがないはずだ」
「ジャーファル様はお花はお好きですか?」
「嫌いではないですが、如何せん間近で見る機会が」
「なるほど。お忙しいですもんね」

などと、そんな会話をしながら花を活け終えると、リコは、とジャーファル様の声が耳に届く。

「何故花をこんな所まで飾りに?」
「何故、でしょうかね?」
「何ですか、それ」
「笑わないで聞いてくれますか?」
「何ですか?」
「いえ、ただ、その」

きらり、と、花びらに付いていた水滴が窓から差し込んできた日差しに反射した。
シンドリアの日は他国より少し長いので、終業時間が過ぎても明るくて、それが今少し眩しいくて目を閉じた時、ジャーファル様の服の袖が少し触れて、何となく気恥ずかしくなる。

「気分転換に、と」
「私の?」
「お仕事で根を詰めてらっしゃるかと思いまして」

お花を見て、何となくジャーファル様が浮かんだので、と私が言うとジャーファル様は口元を手で抑え肩を震わせる。ぁ、笑わないでって言ったのに!なんて思いながらソレを眺めていたら、漸く落ち着いたのかジャーファル様は咳払いを1つした後、何でもないみたいにスルスルと、私の右手を取った。

「手、冷たいですね」
「水を触ってましたし、お花は先程まで氷水に浸してましたから」

そうしてそのまま。右手を取られたまま、数秒。ジャーファル様は何かを考え込んだ後、リコと私の名前を呼ぶ。

「この後、予定は?」
「いえ、特には何もないです」
「ご飯に行きませんか?」
「ジャーファル様、お仕事は?」
「リコとの食事が優先です」

そうと決まったら、ほら、行きますよ。
そう言ってジャーファル様は私の右手を取ったまま、ぐいぐいと歩き出す。
ハサミとか出しっぱなし!と声を上げるも、私が片付けておきますの一言で、ジャーファル様と私は部屋を後にしたのだった。



(そんなにお腹が空いてらっしゃるのか)


*


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -