「もうやだぁー、疲れたよー!」
「あ、ちょっとピスティ!私のリコに手ぇ出してんじゃないわよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい貸してくれてもー!」
「お前らうるせーぞ!」

ヤムのケチ!なんて言いながらピスティ様はぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。
その度にヤムライハ様がわぁわぁと声を出される。そしてシャルルカン様が頭を抱えながらイライラした様子でペンを動かす。ヤムライハ様からの「私の」という嬉しいお言葉に頬を緩めたいが、この状況は一体なんなのだろう。私はピスティ様に抱きしめられながら、事の発端を思い出す。

全ては正午、八人将が呼び集められた所から始まったらしい。
主が居なくなって静かになった部屋の掃除をしていた私の耳に飛び込んできたのは、もー!どうしろっていうのよ!と言うヤムライハ様の半ば悲鳴に近い声。
何事かと視線をやれば、既に半べそをかいているピスティ様とぐったりしているシャルルカン様が目に入った。

「ヤムライハ様、これは一体」
「ちょっと聞いてよリコ!どう思う?!」

かくかくしかじか。
ヤムライハ様の口から止むことなく滾々と湧き出る愚痴を纏めると、つまりこういう事らしい。
シンドバッド王様の商談相手と飛んだクソ野郎であれやこれや難癖つけて来るモンだから、皆で啖呵を切ったは良いがその分の難題が降りかかってしまった。勿論、やらないという選択肢はないが、その難題がとんでも無く手強いから暫く引き籠もって仕事漬けになるそうだ、とかなんとか。(でも何故この部屋に集まってやってるのかは聞けなかった)

一体どの様な難癖が此処まで発展してしまったのか気になる所だが、それよりも問題は他にある。
日頃机になど向かうタイプでは無いピスティ様とシャルルカン様は、見たことの無いほど憔悴しきっているし、、日夜魔法の研究をしてらっしゃるヤムライハ様も流石に徹夜は堪えるらしい。
明らかに元気がない御三方を前に私は何かできないか思案した。

「リコー、私疲れちゃったんだよー」
「俺だって疲れてるっつの、おいピスティそこ変われ」
「ちょっとあんた!何どさくさに紛れて言ってんのよ変態!」

流石にこのまま放っておくと、この部屋の空気も悪くなる。それにいつの間にか渦中に居る羽目になってしまった私も流石に居心地が悪い。
ピスティ様のさらさらとした髪をそっと撫でながら、壁に掛かっている時計を見遣る。
すると短針が3を指して居たのが見えて、そうだ!とひらめく。

「お茶にいたしましょう」
「お茶?リコが淹れてくれるの?」
「ええ、皆様少し休憩しなければ。根の詰めすぎはよくありません」
「そうね、悪いけどリコお願いできる?」
「はい、ヤムライハ様」
「俺、甘いモン食いてぇんだけど」
「持って参りますよ」
「ちょっと、あんた、私のリコ使うの止めてくれない?!」
「あ?お前のじゃねぇだろ!リコはみんなのモンだ!」
「もーヤムもシャルルカンも!リコ困ってるよ!」
「あ、いえ、私は別に」

いつもと違って騒がしい部屋を後にして、給仕室へと足を運ぶ。
お昼はとっくに過ぎてしまっているが、お湯くらいは拝借しても構わないだろう。
そう思いながら、広くて長い廊下を歩く。途中、綺麗な骨董品や彫刻が目を引くが、今はそれどころではない。早く美味しいお茶を届けねば、と2つ目の角を曲がった時。

「わ」
「お、っと」

私の駄目なところは周りを見ていないことだと思う。
あろう事か、図書館から出てきたのであろう人影と思い切り接触してしまったのだ。
グラリとバランスを崩した体が大きく揺らぐ。ひゅっと重力が手を拱いているのを感じた。きっと次はドンという音だろう。そう思って次に来るであろう衝撃に備えて目を閉じた。

けど、来ない。

その代わり私の左手にはちょっと痛いくらいの力が加わる。
何事かと恐る恐る目を開けた先には、左手に沢山の資料を抱え、器用にも右手一本で私を支えるジャーファル様が居た。

「大丈夫ですか?」
「え、はい!私は全然。それよりもジャーファル様は」
「私は平気です」

ご心配なく、と手を引いて私をしっかりと立たせてくれたジャーファル様は、私の注意不足でした、と言葉を足すので、とんでもない!と私は飛びつくが、ジャーファル様は頑として首を振らず、言う。

「どうにも寝不足でして」

そう言ったジャーファル様を改めて見た私は、思わずドキっとした。
何故なら寝不足と口に出した彼の顔に有ったのは酷い隈。そして心なしか青い顔。明らかに本調子でないのが見て取れたからで。

「ジャーファル様、少し御休なされては」
「そうしたいのは山々なのですが」
「失礼ですが、一体どのくらい」
「四徹目です」
「よん?!」

人っそんなに寝ないでて生きていけたっけ!と動揺する私に、まぁ仮眠は取りましたと慰め程度の言葉を発するジャーファル様を見て、思わず私はジャーファル様の手を取った。

「休憩、しましょう!」





+++




少しでも疲れが取れる様にとお湯で濡らした布を絞ってジャーファル様に手渡す。
物珍しく、きょとんとした彼に、目を閉じてその上に被せておいてくださいと告げて、私は給仕室の棚の中からいくつかのお茶の葉を取り出す。ソレを熱した鍋に入れて煎る。カツカツと木べらが鍋の縁に辺り不定期に音を奏でる。ソレを聞きながら横目でジャーファル様を盗み見ると、いつもよりだらしなく椅子に座り、椅子の背に頭を乗せ、言われたとおりに目の上に布を掛け大人しくしているジャーファル様が居た。
なんとまぁ、珍しい光景だと思いながらも私は作業を続けて、約15分後。

「ジャーファル様、お茶が入りました」
「あぁ、・・・有り難うございます」

少し反応が鈍いのは、微睡んでいたからだろうか。だとしたら少し嬉しい。
音を立てず、お茶を淹れた陶器を差し出すと、ジャーファル様は少し緩慢な動作でソレを受け取る。
そうして少し息を吹きかけ冷まし、ゆっくりと喉に通した。

ふわり、と茶葉の香りと混ぜだミルクの甘い香りが広がる。

ソレを見届けて、私はジャーファル様に言った。

「食器はそのままで構いませんので」

するとジャーファル様は酷く驚いたように、ぱちりと瞬きをする。
睫毛が、長い。綺麗なお顔だ、とぼんやり考えている私の思考を遮るように、ジャーファル様は口を開く。

「リコは」
「はい」
「私と一緒に居てはくれないのですか?」

ソレがあんまりにも意外で、今度は私がぱちりと瞬きをした。
しかしジャーファル様は気にしないとばかりに言葉を繋げる。

「一緒に居てください。1人だとあんまりにも寂しい」



その言葉に、絆されたなどと。



(御三方、お茶、もう少し待っていてください)


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