突然だけれども、私がお仕えしているヤムライハ様はかの有名な魔法学校、マグノシュタット学院きっての天才魔導士であって、どの位それが凄いのかと言うと、全く魔力操作が出来なかった私にも使える魔法の式を作り、訓練してくださり、そうして微弱ながら発動出来るだけの力を与えてくださったのだ。
しかも驚くことなかれ、ヤムライハ様の専門である水魔法ではなく、風魔法!
それが一体今この図書館で何の役に立つかというと、それはちょっとだけ遡ることになる。



+++



「リコ、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょうヤムライハ様」

ヤムライハ様の執務室で乱雑に積み重なっていた資料を項目毎に分けて纏めていた時、呼び止められた私はヤムライハ様の側へ足を進めた。途中、足下に置かれた魔法道具に躓きそうになったけれど、なんとか耐え、ヤムライハ様の側に辿り着いた時、そこには少し困った顔をされたヤムライハ様がいた。

「シンドバッド王との約束は18時よね」
「ええ、その様に伺っております」
「なのにそこで使う資料が足りないの」
「資料ですか?」
「この間ヒナホホに言って図書館へ返しに行って貰って」
「その資料を取りに行けば宜しいんですね?」
「ごめんなさい、てっきり用はないと思って」
「お気になさらないで下さい」
「うぅぅー・・・リコ!あなたって本当にイイ子!!」

がばり、と音を立てるかのように抱きついてメソメソするヤムライハ様はよっぽどお疲れなのだろう(以前、リコにぎゅってすると癒されるわーなどと仰っていた)。少しでもお役に立てるならばと、私はぎゅうぎゅうと締め付けてくるヤムライハ様の手を解き、早めに戻りますと告げて、図書館へと足を急がせた。



そこは備え付けの大きな棚が所狭しと並び、中にいくつもの貴重な蔵書や巻物が並べられていた。
私には到底理解の出来そうもない魔法学や物理学、経済学に他国の歴史書。如何にシンドリアという国が学問に重きを置いているかが計り知る事ができる。
今度一冊何か読んで学んでみようか、なんて思いながら私はヤムライハ様に仰せ付かった魔法学の式(ええと、水魔法式の原理とその幾何学的展開とやら)を探すために魔法学の分類棚の元へと向かった。

基礎から応用、はたまた技術的なものから学問的な展望まで。小さなマークを元に並べられた書物から探すのは骨が折れるだろう。現に今見上げている首が痛い。しかし私とて闇雲に探す訳ではない。
視線をうんと上にあげ、立て掛けてある梯子を登り一番上の棚にあるモノから順に探していく。何故ならヤムライハ様が資料の返却を頼んだ人物がヒナホホ様だからだ。
あの大きく素晴らしいお身体では下の棚に資料を返却する、なんて事は逆に大変だし、私ならば絶対にやらない。手が直ぐに届く範囲に置いてしまうだろうなんて安易な事を考えてのこと。
だけど、その私の安易な考えは案外と正解だったようで。

「あった」

右端から3番目の棚の一番上。少し読みにくいけれど目を凝らせばヤムライハ様が仰った書物の名前と一致する。これなら思ったよりも早くお届け出来そうだ、なんて喜んで手を出したけれど、そう簡単にいくことはなかった。

「と、届かない・・・」

あとちょっと。
本当にあとちょっと。どのくらいちょっとと言われればほんの1m位。
精一杯背伸びをしてもその距離が縮められない。いっそジャンプして取るのも1つの手だとは思ったが、梯子の上でジャンプをするなんて誰が見ても危ないのは明白で。
とは言え、取れませんでした、などとおめおめ帰って、ヤムライハ様を困らすような事は出来るはずもなく。

よし、ならば仕方があるまい。

そうして私はひとつの決意と共に冒頭へ戻るのだった。



+++



「えーっと、まずは周りのルフを感じ、魔力を指先へと集める」

頭の中で以前ヤムライハ様が教えてくださった魔法の使い方を確認し、目を閉じて集中する。
すると先程まで静かだと感じていた図書館のどこからかペンを走らせる音や、話し声、窓の外の風のざわめきや鳥のさえずりが聞こえてきた。この調子。きっとこの調子で集中して指先に魔力を集めて放てば、微力な私の魔力でも一陣の風を起こすことが出来る。
そう確信して、よし、と意気込んで大きく振り翳そうとた右手の動きが不意に止まったのは、本当に予想だにしない出来事。

「鍛錬ならば銀蠍塔でなさい」
「へ?!」
「此処は図書室であって勉学に勤める場です」

右手首は完全に後ろから捕らえられ、そうして少しばかり強い力で止められる。
視線を上げれば、呆れたように私を見下ろすジャーファル様が居た、の、だ。

「ジャ、ジャーファル様!!」
「ご機嫌よう、リコ」
「ななななな何故この様な場所に!!」
「少々資料を探しに」
「え、でも今後ろ!」
「貴女、集中しきってませんでしたし」

気配を消していたとは言え、気付けない様ではまだまだです。
ジャーファル様はそう言うと、私の右手首を掴んでいた手を離し、そのまま掛かっていた梯子に手を掛けて、いとも簡単に右端から3番目の一番上の資料を取る。
そうして何事もなかったかのように梯子を降りて私の目の前にソレを差し出した。

「どうぞ」
「あ、有り難うございます」

突然のことに依然頭が付いていかず、ふわふわとしている状態の私を余所に、ジャーファル様は、さて、と首を回す。そうして、いつもと変わらぬ優しい声で仰ったのだ。

「物が取れない場合は、まず 私に 頼ること」
「は、はい!申し訳ございませんでした!」
「全く、びっくりしましたよ。急に魔法を使おうとするから」
「それは、その、考えが及ばず」
「しかも他の場所ならまだしも、此処は図書館」
「うぅぅ・・・」
「まぁ、過ぎた事をとやかく言う気はありませんが次は気をつけなさい」
「はい」

以後気をつけます。大変申し訳ございませんでした。
そう頭を下げる私に、ジャーファル様は何を思ったのか、先程まで資料をお持ちだった右手で私の頭に触れる。そうしてまるで子供をあやすようにポンポンと軽く撫でる。

「素直でよろしい」

例えば、ふかふかの毛布を与えられたみたいに。例えばふわふわの羽でくすぐられたみたいに、心地の良い感覚。一瞬何が何だかわからなくて、惚けてしまった私に、ジャーファル様は微笑んで(と言うより何だろう、フッって感じ)、ではまた。と酷くあっさりと去っていく。その姿が完全に見えなくなった後、私はようやく我に返り、そうしてジャーファル様に取っていただいた資料を両手で抱え、ヤムライハ様の元へ急いだのだった。



(ちょっとだけ彼の言葉に違和感を感じた、とか)


*


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -