くらくらと沸いたお湯をポットに注ぎ、お茶の葉が舞うのを眺めて蓋をする。それをトレーに載せ、その隣には朝穫れたばかりのミルクと花柄のカップを置いて慎重に慎重に廊下を歩く。
そうして大きな扉の前に立つと、両手が塞がってしまった私を見て、たまたま側を歩いていた同僚のヤスミーンさんが、後先考えて行動なさいって苦笑いしながらノックして開いてくれた黒秤塔の一室は相変わらず少しだけ埃っぽい匂いがした。


「はー、生き返る」

ほぅ、と息を吐くヤムライハ様の声を聞きながら側の棚に置いてあった花瓶を手に取る。
あとで水を換えようか、なんて思っていると、リコ、とヤムライハ様が私の名前を呼んだ。

「何でしょうか?」
「んー、1人じゃ寂しいって言ってるの」

ほら、おいで。なんてヤムライハ様はほっそりとした綺麗な腕を広げて誘ってくれるが、流石に侍女の私が喜んで飛び込んで良い物ではない。それにヤムライハ様に好意を向ける殿方に歯がゆい思いをさせてしまってはコトだ、とヤムライハ様のお誘いをやんわりと断って、向かいのソファに腰を掛ける。
つまんない、だのとむくれるヤムライハ様に苦笑いをしていると、ヤムライハ様は、全く!なんて言いながら立ち上がり、私と同じソファに沈んだ。

「遠慮はだめよ」
「ですが」
「私が良いの、リコの隣が良いの」

なんて言いながらヤムライハ様は私をぎゅうぎゅうとまるでぬいぐるみか何かの様に抱き潰すので、思わず、ぐぇ、なんて格好悪い声が出たが、ヤムライハ様は気にせずそのままの体勢で、そう言えばー、なんて暢気にお話を続けた。

「リコ、ジャーファルさんの前で噛んじゃったんだって?」
「〜〜〜?!!」

何故それを!と口をパクパクさせながらヤムライハ様を見ると、だってジャーファルさんが言ってたモノ。盛大に噛んでましたよって、なんて何の悪びれもなく言ってのけた。まぁ、悪くはないので悪びれも何も無いのだけれど、あの恥ずかしすぎる失態に私はもう黙るしか無くて、それを見たヤムライハ様はとても楽しそうに(それでいて意地悪く)笑ったのだった。




++



「で、どうだったの?」
「どうって言われましても」
「ジャーファルさんに、初めて会って」
「どうもなにも」
「そうなの?」
「そうです」
「何だ、つまんないのー」

あるじゃない、恋に落ちちゃいました!とか、なんてちょっと意味の分からないコトを次から次へと話すヤムライハ様に苦笑いしながら私は、そういえば、と思い出したことを口にする。

「何故、政務官様は私の名前を知っていたのでしょう?」

侍女なんてこの広いシンドリアの王宮には大勢お仕えしている。
ソレに加えて特別目立つわけでもないし、ましてや普段より接触することのない他部署ので勤務だ。かの有名な八人将の方々や、名武官様、名文官様ならまだしも、と私が口にすると、ヤムライハ様はニヤニヤと笑って、それはね、とテーブルに置いてあるカップを手に取りながら言った。

「私が自慢してるから」
「自慢、ですか?」
「ええ。リコは賢いし、気が利くし、可愛いし、愛嬌があるし」
「滅相もありません!」
「何より謙虚でからかいがいがあるわって」
「ッからか・・・?!」
「ふふ、大好きって意味」

だからきっと気になってしょうがなかったのね、彼。
そう言って何事もなかったかのようにお茶を飲み干したヤムライハ様は、音を立てずにカップを戻したあと、ぐぐぐっと伸びをして、私に言った。

「リコは渡さないんだから!」
「・・・ヤムライハ様意味がわかりません」

さて、仕事仕事!と起ち上がったヤムライハ様が先程私に向けた目が酷く真剣だったので、私は少しばかりどぎまぎしてしまったのだった。



(そう!それはまるで恋みたいな!)


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