そうだピクニックに行こう
「どうしよう…」
はぁ、と、何だか悩みと一緒にやたら重い溜め息を吐き出したシカマルに気付いたイルカと、偶然任務終りに三代目の溜め込んだ書類仕事のお手伝いに借り出されていたカカシ、そして部下たちがなんだなんだと視線を向けた。
ちなみに三代目はもう年じゃしのーと一人家に帰っている。
イルカは子供に後を任せて帰るなんてと大層憤慨した。
「総隊長、どうなされました?」
うぅん、と唸りつつも淀みなく書類を裁く手は動く。
しかし明らかに何かに悩んでいる風情のそれについにイルカが声をかけた。
そもそもシカマルが何かに悩む、と言う事すら稀なのだ。もしかすると何か重大な悩みなのかもしれない。
「あ…いえ、たいした事ではないですから。すみません、煩かったですか?」
「そんなこと。それより総隊長が悩まれるなんて、一体どうしたんです。そちらの方が気になります」
申し訳なさそうに謝ったシカマルに、その場にいた全員が首を横に振った。
そして尚且つ、イルカの言った台詞に激しく同意をしてみせる。
「黒月さー、悩み事あるならぺろっと吐いちゃいなよ。一人で抱え込まないの」
「カカシ…」
言外に、もっと大人を頼れと言っているカカシにシカマルは言葉に詰まる。
普段から散々言われているのだ。
「そうですよ隊長!俺達は貴方の部下なんですから!」
「微力ながらも我々も助力します!」
そうだそうだと次々上がる声に、シカマルはちょっと、いやかなり嬉しかった。けれど、本当にたいしたことない悩みだから少し恥ずかしくもなる。
それでも早く言えと目で訴えられて、ぽそぽそと語り出した。
「その、ナルトたちに……ピクニックに行きたいと言われまして」
「それで?あ、もしかして三代目が休みをくれないんですか!?」
「ま!そーなの?」
言われた台詞に、イルカとカカシが目付きを鋭くした。
自称シカマル含めた子供たちの保護者の二人にとってそれは由々しき事態だ。
働かせるだけ働かせて休みを与えないとは何たることだ!と。
「いえ、休みなんて三代目を脅せばいくらでも奪い取れますよ。そうではなくて……その、あの」
少々怖い台詞を言った後、ううっと俯いたシカマル。
じゃあ何なんだ?と全員が首を傾げるとシカマルが戸惑いがちに小さな声で呟いた。
「えっと…あの、ピクニックって…なんなのかな、と」
そう言った瞬間、その場の空気が凍り付いた。
今、この人は何と言った?と。
ピクニックとはなんぞやと、おっしゃった!?
「ちょ、それ本気で言ってるのか!?」
「そうだヨ!?」
蒼の口調から素の口調になったイルカとカカシがシカマルにつかみ掛かるように問い詰めれば、シカマルはこくりと小さく頷いてみせる。
「私…そう言うものを体験したことが無いので…一応知識としては知ってるんですが、いざ自分がと言われるとどうしたら良いか分からないんです」
具体的にピクニックとはなにをすることなんだ?と聞いてきたシカマルは本気で分からないらしい。
一方その場にいた全員が唖然とした表情でシカマルを見た後、大きく溜め息を吐いた。
「…黒月…明日、俺がお前らをピクニックに連れて行ってやる。何も必要無い、お前はナルトたちを明日の朝十時にアカデミー前に連れて来れば良いから」
「お弁当とかは俺が作るからネ。ホントなにもいらないよ。やることがあるとすれば三代目脅してピクニック邪魔出来ないようにするくらい」
「へ?」
疲れたように言い放ったイルカとカカシ。息ピッタリだ。
シカマルはきょとん、とした顔をした後、二人の良く分からない気迫にとりあえず頷いておいた。
三代目、ご愁傷様ですとは部下たち全員の心の声である。





「なんでじゃなんでじゃなんでこうなっとるんじゃー!」
ガァアアアッ!と咆哮を上げるのは、本日大量の書類に埋もれて身動きの取れない三代目火影その人。
昨日確かにシカマルに任せておいた筈なのに、明らかに昨日より増えている。今までなら文句を言いつつも明日の暗部任務に差し支えるから完璧に処理しておいてくれた筈なのに、と。
更に三代目が叫ぶ理由は目の前の水晶玉にあった。
『黒兄ちゃーん!こっちスゲー坂だってばよ!草ソリしよー!』
『あ、ナルずるいわ!私も兄さんと滑りたい!』
『俺も!ナルお前黒兄さん独り占めするんじゃねぇよ!』
『はいはい、皆で滑れば良いでしょう?ほら、こっちおいで』
『『うん!』』
「なんであやつらはピクニックに行っておるんじゃー!」
水晶に映るのは、頬をピンク色に染めて草原を走り回り、可愛いらしい笑顔を零すナルト、サクラ、サスケの姿。
常日頃からナルトだけではなく増えた子供たちにもジジ馬鹿を思う存分発揮している三代目にとってそれは羨ましい意外のなにものでも無い。
花の輪を作ったサクラがぴょんぴょん跳ねながら黒月のシカマルに突進したり、サスケが川で見付けたらしい琥珀に歓声を上げていたり、ナルトがころころと芝生の坂を転がっていたりなどなど。
しかも何故かイルカとカカシまでその場に居るでは無いかと、握っていた万年筆を握り潰しそうになった。
『兄さんはい、あーん』
『ありがとうサクラ』
『カカシさんおにぎり取って』
『はいどーぞ。サスケはおにぎり好きなんだ?』
『こらナルト、そんなにがっつくと喉に詰まるぞ』
『へーきだってばよ!』
「アァッ!シカマルあやつあーんなんてされおって!わしだって、わしだってされたこと無いのに!」
行けるものなら今すぐ駆け付けたい。
だが、今ココから自分が逃げ出したらどうなる。御意見番の二人にネチネチネチネチ文句を言われ、里そのものが混乱しかねないような重要書類や振り分け予定の任務書の束が巨搭を築くのは目に見えていた。
「この恨み、晴らさでおくべきかぁぁあ〜!」
血を吐くような絶叫が、その日何度も火影室から聞こえたそうな。




「シカマル、楽しいか?」
「あぁ」
すっかり遊び疲れたのだろう、シカマルに寄り添うように眠るナルトたちを撫でるシカマルの顔は穏やかなものだった。
今は全員眠っているので、素の口調に戻っている。
「ピクニックって、なにするってもんじゃねぇんだな」
「そうだよ。ただお弁当持って、外でのーんびりするの。良いデショ?」
「ん。そうだな」
ぱくぱくとカカシお手製のイチゴジャムと胡桃のサンドイッチを食べながらクスクスと笑ったシカマルに、イルカが冷たいアイスティーをコップに注ぎ差し出した。
「お前は働きすぎなんだよ。文句言うくせに、結局なんでも一人でやるし、子供らしいこともちっともしないじゃないか」
「働きすぎ云々については三代目に言ってくれ。あと今は保護者の俺に子供らしいこと、なんて言うか?」
「言うね。シカマルくん今おいくつですかー?ン?」
「今年五歳でーす」
「はい良くできましたー」
立派すぎるくらい子供だよと揃って言われて、珍しくむくれたような顔をしたシカマルは次の瞬間。
ならばとイルカとカカシを自分と背中合わせするように座らせ、この辺りが丁度良さそうだと位置を調節して二人の隙間にぽすっと身体を預けた。
「シカマル?」
隣り合わせで座る二人の隙間にすっぽりとはまったシカマルに互いが顔を見合わせながら声をかければ、少しぶっきらぼうな声がかかる。
それに、二人は笑顔を作った。
「昼寝するから、背中貸せ。あとしっかり見張ってろよ、保護者共」
「ククッ…はいはい、了解坊ちゃん」
「後から起こしてやるから、安心して寝てて良いぞ」
「………おう」
それから暫くして聞こえてきた子供たちの寝息に、またピクニックに連れて来てやろうと彼らが思ったのは当然の流れで。
夜、任務の際ずるいだの仕事しろだのをやっかみでシカマルに言い放った三代目がイルカとカカシ、そして一番隊の隊員たちに逆に怒鳴られたのは自業自得である。



END
三代目視点が短くて本当にすみませんorz
蒼乃玻璃様、リクエストありがとうございました!