愛とは痛いものなのです
今やアカデミーでは知らぬ者は居ないと言うほどの人気を博している教師が居る。
そんな二人が恋人同士、と言うのはもはや公認の事実であり、コヨウに至ってはカヅキが居れば世界が滅んでも構わないと言う程の惚れっぷりだ。
「おはよう諸君!」
「おはようございますコヨウ先生!」
「…はよ」
「おはようございます御主人様!!」
「…………俺はまだ夢を見ているのか。本体はまだ布団か?なら俺は一刻も早くこの悪夢から目覚めてぇんだが。いやむしろ目覚めないとやばいな俺」
本日の一現目はコヨウの受け持つ実技の野外演習。野外授業の場合二人以上の教員が就かなければならないので暇なカヅキがヘルプで入ったのだが、朝一から物凄い脱力感に苛まれたカヅキはぐったりと木に寄り掛かりため息を吐き出した。
視線でコヨウに帰って良いかと訴えかけるが、駄目、とハートマーク付きの視線を返されまた脱力していく。
「いやぁ人気だねぇカヅキは。俺妬いちゃうぞ」
「代われるのならいつでも代わってやる」
「えー、でも俺既に人気者だし?なー」
「はい!コヨウ先生大好きです!」
「僕たちの白銀の守護天使様!」
「ラブリー天使!先生の笑顔の前では百万ドルの夜景もぼろ雑巾です!」
「……目眩がしてきた」
きらっ、とあらん限りの力を全て目に集めたかのようにキラキラと煌めく生徒たちの無垢な瞳と飛び出す台詞に転職しようかなぁと本気で間違った結論に達しそうになりながらカヅキは再度、特大級のため息を吐いた。
そしてこんなことをしていたらいつまでも埒があかないと今迄に培った諦めを発揮して小箱から木製のクナイを生徒に向かって半ば投げ付けるように渡して行く。
その際"もっと力強くても…"とか"御主人様からの賜り物だ"とか訳の分からない台詞は全て脳内から綺麗に削除してみせた。
「よし。じゃあ今から武器を使った実践的な組み手をやるぞ。木製でも当たると怪我するからなー。まずは俺とカヅキがお手本見せるから見てろよ〜」
『はーい』
コヨウの掛け声に良い子のお返事を返す生徒たち。これだけでいつも済めば良いのに…と思うのは先程からのやり取りで大分精神的に摩耗しているカヅキ。
ただし今は表面に出して居ないだけで腹の底では直視出来ない思いが渦巻いているのは…ご愛嬌。
とにかく二人は普通のクナイを持ち、アカデミー生でも目で追える位のゆっくりとしたスピードで組み手を交わして見せた後、それぞれパートナーを組んだ生徒たちの指導を始めた。
コヨウが間違ったり崩れた型を手取り教えれば有頂天になり、カヅキが低い声でぼそぼそと注意を放てば軍隊張りの精確さでもって生徒が応える。
飴と鞭…ただし鞭を喜んで受けているのを忘れてはいけない。
まぁとにかくさしたる問題もなくスムーズに進んでいた演習。
生徒たちもやる気満々、資質もあると教える側としても申し分ない…と、その時、事件が起こった。
「カヅキ先生ッ!!」
甲高い、声変わり前の少年の悲鳴が演習場に響き渡る。
それに一体何事か、とコヨウと生徒たちが振り向けば、なんと手の平にぶっすりと木のクナイを突き刺し血を流しているカヅキの姿が。
しかしぼたぼたと地面を汚す血溜まりに眉を寄せるカヅキは現状に相応しく無いくらい冷静で、むしろ生徒の方が反狂乱。
「カヅキ先生大丈夫、じゃないですよね、あぁッ、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「いや…別にたいしたことねぇから」
「カヅキ先生の白魚のような指が!玉のお肌に傷が!」
「…それ、俺に使うのは間違ってるぞ……」
きっと本気で心の底から感じているであろうことを嘆き叫ぶ生徒に閉口するしかない。
そもそも事の発端は、組み手中に慣れない武器を持っていた一人が腕を振り上げた際にそれを誤って放ってしまった。で、クナイが別の生徒の頭上目掛けていたのを咄嗟の判断でカヅキは腕を突き出し庇ったのである。
払おうとも思ったがこの密集地帯ではそれも危うい。アカデミー生に流れ弾を避けろと言っても無駄だろう、と言う判断の下での行動だ。
「うぁああ、ごめんなさいごめんなさい!」
「だから大丈夫だって」
それより早く止血しないとなぁ…と呑気に手の平に突き刺さったクナイを見て抜いたら痛そうだな…痛いの嫌いなんだけど、と的外れなことを考えてげんなりと肩を落とすカヅキ。
すると、突如背後に気配を感じた。慣れ親しんだそれを感じ取ったカヅキが振り向こうとすればそれより早くクナイの刺さった腕を掴まれてしまう。
「あぁ!カヅキの玉のお肌に傷がッッ!!」
「…もう突っ込まない。俺は絶対突っ込まねぇ……て、ちょ、コヨウさんテメェなにをしようとしてやがります?」
腕を掴んだコヨウはカヅキを引き寄せると腰を落とし、もう片方の手でカヅキの身体をホールドした。
一方ホールドされたカヅキの頭の中で、物凄い勢いでサイレンが鳴っている。早く止めなければ、なんだかヤバイ。
「コヨ」
「良いか諸君」
名前を呼んで今から行うであろう行動を止めようとする。しかしそれはコヨウの朗々とした声に遮られた。
コヨウの声に今まで騒いでいた生徒たちは静まり、皆一様に二人を見つめてくる。
「俺はな、例えそれが事故であろうと、カヅキに傷がつくのは許せない。本来なら傷をつけた奴は八つ裂きにして生ゴミでポイしちゃうんだけどな、でも俺は先生であってお前らの間違いを導く立場にあるわけだ。つまり俺はカヅキへの愛もあるがお前らも別の意味で愛してる。しかしながら愛しい者を傷つけられたこの憤りを一体なににぶつけるべきだろうか。そう全てはお前たちの未熟さだ。未熟故に事故が起こり、未熟故に我々教師が生徒を庇う。わかるな?」
『はい』
「なら俺はこの憤りを、お前らへの愛を、お前たちへの成長の為にぶつけよう」
だんだんとコヨウから白陽の口調に代わっていく。
ひんやりとした冷気さえ漂う微笑に、生徒たちはまるで洗脳されたように覚束ない視線を向けながらこくりと頷いた。
それを見たカヅキは、マインドコントロール…と口の中で呟いて我が恋人ながら恐ろしいと背筋を凍らせる。同時に、この後傷を負った自分に降り懸かるだろう説教や外勤用再教育を思い浮かべて消えたくなった。
最近内勤ばかりで腕が鈍りました、ごめんなさい。
「全員校庭百周!!その後組み手と武器が何たるかをキッチリ叩き込んでやる!」
『御意!!』
わーっと蜘蛛の子を散らすように駆け出して行った生徒たち。
見送ったコヨウは次にホールドしたままのカヅキににっこりと笑いかけた。
「さぁ、治療しましょうか」
「その手に見えるほど込められた九尾のチャクラはなんでしょうか」
「あぁ、大丈夫。ちょっと全身に痛みが走るくらいですぐに傷は完治するからなー。終わったら一緒に組み手しようなー。勿論組み手は二種類、夜は寝かせないぞー俺怒ってるからー」
「うわ、ヒッ……イッッダアァアアアア!!」


END
愛を語る以前に腹の中真っ黒です、白銀の守護天使様。
九尾のチャクラは一般人には大き過ぎて痛いんです。多分←
痛くするのは再犯防止、夜はまぁ…別の意味で組み手に鳴かされます。