暇つぶしですが、なにか?
今日も今日とて夜のお仕事に励む小さな二人の子供は本来の姿でひょいひょい木を伝っていた。
忍のお仕事の何たるかを根源から表した暗殺と言う仕事を軽々とこなす彼ら、ナルトとシカマルは普通の大人の何十倍も強い。それこそ天才と言われる人間が人生と実力の絶頂期を迎えたとしてもギリギリ足元に届くか届かないかと言うほど。
が、そんな彼らは悩みを抱えていた。
「じっちゃーん、任務終わったー」
ずかずかと無遠慮に室内に侵入する二人の影に、書類を裁いていた三代目火影はふぅ…と軽く溜め息を吐いて迎え入れる。
一見乱暴に見える彼らの所作は、しかし足音、布の擦れる音すらしない。それだけで忍としての実力が計れる。
「よう戻った。白陽、黒月…珍しいのぉ。おぬしらが変化を解いたままとは」
「あー、これ?そりゃ俺らだってたまにはそう言う気分なんだよ」
「…悪趣味の賜物だろ」
暖かい三代目からの迎えの言葉、それと小さな疑問にナルトが頭の後ろで手を組ながら答えればシカマルが報告書を提出しつつ突っ込む。
どう言う意味だろうかと思ったが、何と無く忍としての勘が聞かない方が良いと告げたのでそれ以上突っ込まなかった。
それは非常に正しい判断であり、二人が本来の姿で居た理由はナルトの『小さい子供に無邪気に殺されるのって面白くない?』と言うのが発端。本日の任務対象だった相手には色んな意味でご愁傷様と言いたくなる理由で。
付き合わされたシカマルもフッ……と遠い目だ。彼だって嫌だったのだ、本当に。
可愛い子供が鈴を転がすような声できゃっきゃっとはしゃぎながら血のついた刀を振り回す様を見るのが。
だーれだっ!と言って背後からざっくり。
鬼さんこちらーと笑ってずぶり。こちらーの意味がこちらにいらっしゃいでは無く、鬼は俺だと言う意味に聞こえたのも決して思い違いではない。
少し、思い出してふるりと身体が震えた。
まぁシカマルも子供の姿のまま刀を振り回し怪しげな丸薬をぽいぽいと投げていたので見るものが見れば似たようなもんであるのだが。
知らぬが仏とはこのことだろう。
「まぁ良いか。今日の任務はこれで終わりじゃよ」
「えー」
そんなシカマルの心情…理由は分からないがナルトに苦労させられた…を見抜いた三代目は哀れむような視線をシカマルに投げながら言えば、ナルトからブーイング。
視線を移すと明らかに『不満です』と顔にでかでかと表したナルトの姿。
「なんじゃ、不満そうじゃの」
「当たり前じゃん。俺暇なんだもん!」
「むしろ俺はそれで良い。めんどくさいから」
「はいめんどくさい却下ー。と言う訳で任務、任務 にーんーむー!」
机のふちに手をかけて爪先立ちで文句を言うナルトに思わずでれりと爺馬鹿を発揮しそうになった三代目。だがシカマルの冷たーい視線に気付いてごほんと咳ばらいすると困ったように笑って書類を引き抜く。
「そうは言ってものぉ…そもそもSランク任務自体がそう数あるものでは無いのじゃよ。おぬしらAランクは暗殺や殲滅では無く捕獲や護衛じゃから嫌じゃろ?」
むしろ二人…もといナルトに捕獲や護衛なんて頼む方が間違ってると言外に言う三代目にシカマルはうんうんと頷く。シカマルなら捕獲でも構わないが、殺すよりめんどくさいから受けない。
ナルトは気付いたら殺してるのでそもそも頼む事自体畑違いだ。下手すれば護衛する相手すら殺してしまう。
三代目の言葉にぐうの音も出ないナルトは、むぅ〜っと唸って頬を膨らます。
「砂から任務を回して貰うよう手は回しとる」
「でもでも、俺暇なんだって!昼間なんかやる事なぁーんにも無いしさ。夜くらい動きたい!!」
二人…もといナルトの悩み。
それは子供らしい、と言うか少々悩む所だがとどのつまり、暇なのだ。
昼間は暗殺には向かないので任務は無い。必然的にやることも無く、鍛練もやるがそれも続かない。読書や術開発も流石に毎日続けていては飽きがくる。
何てったって、ナルトもシカマルもまだ五才。遊びたい盛り。
特にナルトはじっとしていることや同じことを繰り返すことを嫌う。
シカマルは…置いておこう。
「ふむ…しかしのぉ」
ナルトの台詞に三代目は渋い顔をする。
二人が普通の子供ならば遊びに出るなり何なり出来るだろうが、二人は普通ではない。もし外に出ようものなら命を狙われる。
ナルトは里人と他国の忍に。シカマルは一族と上層部に。何度か外に気にせず出たがその度に腐る程現れる大人たちに嫌気がさして(里人は殺す訳にいかないから)外出をやめた。
変化で出ても良いが、大人の姿では子供の好奇心は満たせない。別の子供に変化するのも手だが、子供は違うものに聡い。
だからあまりそれは出来なかったし面白くないからやっぱりやめた。
「せめてさぁ…昼間、なんか出来ないかなぁ。ね、シカマル」
「将棋か囲碁か釣りか読書か。オススメは昼寝」
「将棋負ける囲碁はルール知らん。益にならねぇ釣りするなら魚屋行くし読書は飽きた。昼寝は魅惑的だが却下。つか選択肢が年金暮らしで隙を持て余す爺と一緒じゃねぇかよ」
「温泉行きたい」
「おーいシカマルくーん。俺の話し聞いてる?聞いてるなら右手を上げろー。あと温泉は俺も行きたい」
「漫才じゃの、まるで」
無表情でナルトの台詞に答えるシカマルの、噛み合わない会話に突っ込みを入れながら返すナルトに三代目は笑いながら言えばのろのろと律儀に右手を上に上げたシカマルが不思議そうな顔で三代目を見る。
本人、結構マジだった。
「それにしても…おぬしらが暇を持て余すのはわしの責任でもあるから…どうにかしてやりたいが」
「じっちゃんのせいじゃねぇよ」
「じっさまは悪くねぇ」
「ありがとうの」
真剣な顔でそう言う二人に三代目はぽんぽんと頭を軽く叩いて撫でた。それに二人は気持ちよさそうに擦り寄る。
また、三代目の中の爺馬鹿メーターが振り切れそうになったのは内緒だ。
そんな訳で可愛い二人を思う存分愛でていた三代目。しかしそれはぴくりと弾かれるように三代目から離れた二人によって終をつげる。
「誰か来た」
そう言って変化をするナルトとシカマル。名残惜しげに唸る三代目に気付いたナルトが苦笑していると、執務室の扉が開いた。
「失礼します三代目…と、白陽様、黒月様……出直した方が良いですか?」
開いた扉の前に立っていたのは三代目と良い勝負の年齢だろう老齢の男。
シカマルはその男に見覚えがあったので、軽く礼をして大丈夫だと告げる。ナルトは大人に対して人見知りするので黙ったままシカマルの後ろに隠れるように立っていた。
「貴方は、確かアカデミーの学長でしたね。こんな夜更けに一体なんの用です?」
「黒月様が私をご存知とは恐縮です。いや、対したことでは無いのですが、この時間でないと三代目が捕まらないのですよ」
のほほんと告げた男、名を葛カタクリと言う。アカデミーの学長をしており三代目同様穏健派の一人。
子供が好きで慕われている。
ナルトも暫くカタクリを観察してこいつは安全だと悟ったのか、するりとシカマルの後ろから違和感が無い程度に移動した。
「すまんの葛。して用件とは…あれじゃろ」
「いえ。で、結局のところどうなんです?」
「うむ…なかなか、のぉ」
「三代目〜、それはあんまりですぞ」
三代目の台詞にがくりと肩を落とすカタクリに、ナルトがなんのことだろうと口を挟む。
今更この二人に機密事項なんて…むしろ二人こそが里の最高機密なのだから気にしない。
「白陽様…いえね、お恥ずかしい話しですが最近アカデミーの教職員の人手が足りませんで…少々人手をこちらに回して頂こうと三代目に打診して頂いてたのですが」
この解答です、と肩を竦めるカタクリに三代目は仕方ないじゃろうと溜め息を吐く。
そもそも忍と言う職につくものは皆が皆血気盛んで野蛮なのが多いのだ。まだ下忍を育成する上忍師であればある程度手は回せる。
しかし相手が無知なアカデミー生となれば話しは別だ。
任務をするわけでなく、子供の相手をして育てなくてはならない。
いろいろと問題が発生してもおかしくはないだろう。
「まぁ、三代目の言いたいことは分かりますよ。今の中忍勢に子供を育成出来るほどのスキルを持ったものは少ない…居たとしても忍不足の今、その能力を子供に回すのは惜しいですからね」
「黒月の言う通りじゃ。すまんがカタクリ、今暫く現状維持と言う形で我慢してくれんか」
すまなさそうに言う三代目にカタクリははぁ…と疲れたように溜め息を吐いて仕方ない、と呟く。
が、そこでナルトが動いた。
それに気付いたシカマルが嫌な予感に襲われ慌ててナルトを見れば…悲しいかな、満面の笑みをたたえていた。
「葛殿。そのお話、良ければ我等が引き受けよう」
「…今、我等って言いましたか、白陽この野郎」
「黒月、後半に地が出てるぞ」
クスッ、と楽しそうに笑うナルトにシカマルの口の端がひくひくと引き攣る。
思わず言葉の後半辺りに声が三オクターブ低くなっても仕方ないこと。
引き攣り笑いをするシカマルをナルトは笑いながら無視してどうします?とカタクリに言う。
嫌だやめろやめてくれとシカマルが心の中で叫ぶがナルトは知らんフリを通し、言われたカタクリは目から鱗と言わんばかりの面持ちだった。
「それは、それは真にございますか白陽様!」
「勿論。暗部総隊長の名にかけ誓って嘘は無いぞ。ちなみに黒月も喜んでお供しよう。なぁ黒月」
「………総隊長の御随意に」
本当は声を大にして嫌だと言いたかった。いや、言うつもりだった。
だがあまりにもカタクリの喜びを孕んだ瞳が真っ直ぐで、良心がちくちく所かどすどすと刺激されたシカマルは、降伏する。
めんどくさい事は嫌いだが基本的に相手が敵意を持っていなければ優しいのだ、ナルトも、シカマルも。
「三代目、このお二方をアカデミーでお借りしてもよろしいですか?」
喜々とした表情で三代目に詰め寄るカタクリ。
三代目はちらっと二人を見て……楽しそうに、昼の暇つぶしを確保出来て楽しそうなナルトとそれに付き合わされる形のシカマル、だがシカマルも少し楽しげな雰囲気を出しているのを見て、あっさりと了承の意を表した。
「良かろう。白陽、黒月両名を明日からアカデミーの講師として配属する」
「承知致しました」
「と言う訳で葛殿、明日からよろしくお願いします。あぁ、教員登録だが、俺はコヨウ、黒月はカヅキと登録してくれ。流石に暗部名はまずい」
「ちょっと待て白陽。名前の決定権は俺にはねぇのってかその名前は嫌だ!!」
「おいおい黒月。地が出っぱなしだぞ。お前は敬語キャラだろ、キャラ立ちって大事だよ?」
「やかましい!って、葛の野郎もう居ねぇ!!」
用件が済んだからか、あっという間にその場から消え去ったカタクリにシカマルは顔を青くして膝をついた。
よりによって、とんでもない偽名を付けられてしまったと。
一見普通の名前だが、実はあの名前、あまり良い思い入れが無い。だってあれは色任務で使う自分たちの遊女としての名前だ。当然嫌な思い出しかない。
ついには隅っこで膝を抱えて暗くなっているシカマルにナルトは一通り笑うと視線を向けて来ていた三代目に顔を向ける。
「本当に良いのか?教員などと、おぬしらは間違いなく習う方じゃろうに」
「良いじゃん。これを期に木の葉の能力低下を食い止めて優秀な人材を作るのも一興だろ?」
「まぁ暇つぶしで子供を傷付けることはすることの無いように。所で偽名の意味はなんじゃ?随分あっさり出て来たように思うたが」
苦笑しながら言う三代目にナルトはあぁアレか、と微笑んで自分を指差す。
「俺達の暗部名と狐のコ、鹿のカを取っただけだよ。俺らの遊郭名」
「成る程のぉ……ま、シカマルには良い迷惑だったみたいじゃが」
「アイツ変な所で男らしいってか、ねぇ?」
色任務自体嫌いみたいだし、とくすくす悪戯っ子のように笑うナルトは隅でいじけたままのシカマルを見て更に笑みを濃くしたのだった。


END
シカマル=ナルトの玩具です。