はじめまして
「ただいま帰りましたー」
「ゲホォッ」
突然真後ろから響く間抜けた声に木の葉の里の長、三代目火影は啜っていた緑茶を気管に流し込み激しく噎せた。
ぱっくり開いた気管に熱い緑茶が集中的に攻め込んだお陰で見ていて思わず大丈夫ですかと言いたくなる程。
「三代目、お迎えでも来ました?棺桶なら四丁目の角の工房がオススメですよ。あそこは中々良い細工物を作りますから」
普通ならば、だが。
「まだ棺桶に入る気はないわ、たわけ!」
ぜはーっと空気混じりの叫び声に叫ばれた黒、暗部所属の青年黒月はけらけらと笑ってみせた。
「冗談ですよ。あんまり怒ってばかりだと寿命縮まりますよ三代目」
「誰のせいじゃ」
深く深く息を吐き出す三代目に黒月はそれ以上のからかいは止めぽいっと白地に赤い文様の描かれた巻物を投げて渡す。
それを受け取った三代目は巻物を各方面から見た後、そっと机の上に置いた。
「確かに、霧の禁書じゃ」
「全く、それ取りに入るの大変だったんですよ。馬鹿みたいに忍が湧いて出るし…余所の里は羨ましい限りですね」
「そうじゃの」
くつくつと喉で笑う三代目に黒月はむっとした顔を見せる。三代目がどうしたのか?と問えば本格的に拗ねた顔をした黒月。
首を傾げ言葉を促せば、黒月はぶつぶつと話し出す。
「ビンゴブック、どうにかなりませんか」
「どうしたんじゃ?」
「今日会った敵の忍が、人の事をアゲハ姫だの闇姫だの。何です姫って。こちとら下半身に付くもの付いた立派な男だって言うのに」
ぶーぶー不満を垂れ流す黒月に三代目は思わず苦笑を漏らした。
「まぁ、おぬしの場合髪が長いからのぉ。気にするでない」
「でも姫ですよ!?」
ガァーッ!と吠える黒月。
相当あだ名が嫌らしい。
そんな姿を見る限り、彼が火影さえも越す木の葉最強の忍だとは思えない。しかし彼は、黒月は間違い無くこの里最強の忍だった。
「ビンゴブック作ってる団体ぶっ潰したい」
「やめんか馬鹿もん」
クッ、と目を吊り上げながらそんな物騒なことを言うから三代目は思わずどこからともなく取り出したハリセンで黒月の頭を叩いた。
地味に痛かったのか、しゃがんで頭を抑える黒月。任務時のクールで威圧感に溢れた姿とのギャップがあり過ぎる。
これをもし他の、例えば黒月を英雄視している暗部連中に見せたら一気に士気が下がるだろうな、と三代目は思った。
ふとそこで三代目何かをは思い出したように声を上げる。
「黒月、黒月こっちを向け。おぬしに与えたい任務があるのじゃ」
「今日はもう家帰って寝たいです。火影様がボケ予防で行かれたらどうでしょうか」
「やかましいわ!それと話しを茶化すでない」
瞬間、今までのふざけた雰囲気が消え失せた。
黒月の纏う雰囲気が、一瞬で切り替わったのだ。
「それで、任務とは?」
その雰囲気に一瞬気圧されつつ、三代目は椅子から立ち上がり室内から出る。その後ろを、黒月は何も聞かずについていく。
部屋を出て暫く廊下を歩けば行き止まりにぶつかる。が、黒月はそれがすぐに幻術だと気付いた。
「随分、高度なものを張ってらっしゃいますね」
「そうじゃ。ここにはわしの宝物がおるからの」
宝物…三代目の台詞に黒月の眉が上がった。台詞からして宝物は何かの生き物だろう。
火影の住まう場所に居る、幻術や結界で守られた存在。
黒月の頭の中でそれらに該当するものは簡単に弾き出された。
「九尾の器、ミナト様のご子息ですね」
「流石じゃ。その通り、この奥にはミナトとクシナの息子、ナルトがおる」
「で、それを私に会わせてどうするつもりです。監視役にははたけカカシがしつこいくらい志願してたと思うのですが?」
「………おぬし、本当になんでも知っとるのぉ」
呆れを含んだ三代目の言葉に黒月は言い返したりはせず緩く肩を上下させるだけに止まった。
三代目はそれを視界の端におさめながら印を組み幻術と結界を解く。そして現れた扉に手をかけ、更に中にある廊下に進む。
奥から、子供のはしゃぐ声とゆったりとした女性の声。女性の方は黒月も幾度か見えたことのある、火影婦人のものだろう。
漸くたどり着いた障子の先には二つの影が見えた。
「黒月、おぬしにはこれからナルトと過ごして貰いたいのじゃ」
「…一応聞いておきますけど、私の年齢分かって言ってます?私まだ四歳ですよ?」
「分かっとるわい。これは暗部黒月への命であり奈良シカマルに対する命でもあるのじゃ」
そう言って三代目は息を吐き、ぽつぽつと話しはじめる。
黒月も知っている、ナルトが器であること。そのせいで里人から嫌われ食事に毒、暴行を受けていたこと。
それらを見つけ今までここで奥方に任せていたが最近奥方の体調が芳しくないこと、下手な人間にはナルトの命が危ない為に頼むことが出来ないと言うこと。
全てを聞き終えた黒月、シカマルは後ろ頭をかきながら唸ってみせた。
「めんどくさいですが…仕方ありませんね。うちの両親にどう説明すれば良いか」
「そのことなんじゃがのぉ……実は奈良夫妻には長期の諜報任務に当たってもらわなければならなくなったんじゃ」
「……初耳なんですけど」
「初めて言ったからのぉ」
ほっほっほ、と笑ってみせる三代目にシカマルは心の中で盛大に叫んだ。
この狸爺、と。
しかしそれを口に出すような真似は一切せず―ただ態度は明らかに糞爺ふざけんじゃねぇと言っている―軽く舌打ちしてみせた。
「私はここで暮らすんですか」
「いや、死の森にミナトの隠れ家があるんじゃ。そこに住んでもらうことになるじゃろうて」
神妙な顔つきで言われた台詞にシカマルはそれならば、と頷いてみせる。
両親不在の中、出来れば奈良の土地には居たくない。
この頭脳のせいで本家以外の分家連中から嫌われているシカマルが家に一人だけ、となるとめんどくさいことになるのは目に見えてわかっている。
「では奈良シカマルは奈良夫妻の任務に同行、と言う形で処理してください」
「うむ。話しは纏まった、ではナルトに会って貰おうかの」
三代目は言うとからりと障子に手をかけ開く。シカマルもひょこっと頭を前に出し中を伺った。
途端、視界に入る鮮やかな金色。ふわふわの髪の毛に、大きく空を溶かして固めたような青い瞳。
四代目、ミナトそっくりの顔がそこにあった。
「そっくり、ですね」
思わず漏れた言葉に三代目がそうじゃの、と同意する。奥方は体調が悪い為か布団にふしたままでナルトの相手をしていたらしい、シカマルは奥方に向かって軽く会釈をするとびっくりしたような顔でシカマルに視線を向けるナルトの方に向かった。
大きな瞳を零れんばかりに見開いてシカマルを見るナルト。
視線が合うようにしゃがんで、シカマルは自己紹介をする。
「はじめまして。私の名前は黒月…本名はシカマルですが、この姿の時は黒月と呼んで下さい」
そこまで言って、ナルトの頭を撫でようと手を続きの言葉と共に伸ばした。
「今日からよろしく「お姫様だってばよ!!」……。」
が、言葉はナルトの興奮したような台詞によって掻き消される。
ぴしっ、と固まったシカマルにナルトは満足そうな笑みを浮かべた。
それから暫くして硬直から復活したシカマルはにっこりとナルトの微笑みに返すように笑顔を作り……ぷにぷにしているナルトの柔らかそうな頬に手を伸ばし両手でがっちり掴むと両サイドに思いっきり引っ張った。
「もう一回言ってみろ糞餓鬼」
「に゛ゃーっっ!!」
むぎゅぅぅーっと遠慮無しに引っ張られる頬にナルトが悲鳴を上げる。
うわ柔らかい、なんて感想を持ったシカマルにそれを見ていた三代目がまたどこからともなくハリセンを取り出しシカマルの頭を叩いてナルトをシカマルの魔の手から救い出した。
「止めんか馬鹿もん」
「私の教育的指導にケチつけないで下さい」
「無垢な子供の台詞にいちいち反応するでないわ!大人げない」
「私もまだまだ片手で足りる人生しか送ってませんからね。我慢出来ないこともありますよ」
吐き出すようにシカマルが言えば三代目は苦汁を飲んだような顔をして押し黙る。
大人げないなんて、そんなの子供なんだから当然だろうと暗に言うシカマルにこれ以上突っ込めないからだ。
シカマルは押し黙った三代目に向かってニヤリと笑うと、頬を押さえているナルトの方に視線を戻し、ぺしりと額を指で軽く弾いてナルトを抱き上げる。
びくっ、と身体を震わせるナルトに、そう言えば暴行を受けていたんだった…と今更ながらに思い出し初っ端から頬を引っ張った己に対して恐怖心を抱いても仕方ない。
確かに姫と言う台詞に過敏になっていた自分が大人げなかったと後悔する。
因みにナルトが長い黒髪イコールお姫様だと思い込んでいたと知ったシカマルがナルトに対して頭を下げたことを記しておこう。
「あー、その、少しいらついてまして…すみません、頬、大丈夫ですか?もう痛いことはしませんので、怯えないでください」
「お、おにいちゃん、ナルに痛いことしないってば?」
「えぇ。ついでに私はあなたと同い年ですよ」
「……おにいちゃん、変化してるの?」
「おや、意外に頭良いみたいですね。そうですよ、今の私は変化した姿。ですが暫くはこの姿のままですので、兄でも構いませんよ」
くすっ、と笑いふわふわの髪を梳くように撫でればナルトは目を細めて気持ち良さそうに頭を擦りつけてくる。
その愛らしい動作にまるで子猫のようだな、とシカマルは思った。
「これから私はあなたの家族です。よろしくお願いしますね」
「かぞく?おにいちゃん、ナルとくらすの?」
「そうですよ」
「ナル、ばけものだよ」
「なら私も化け物です。そんなこと気にしないで大丈夫。私はナルトを決して傷付けはしません……まぁ教育的指導はしますが」
「…おにいちゃん、ナルきらわないってば?」
「勿論」
シカマルが頷くとナルトはふわりと愛らしい笑みを浮かべぎゅうっとシカマルの首に腕を巻き付け抱き着く。
どうやら完全にシカマルを信用したらしい、すりすりと頭を押し付けるナルトに苦笑を漏らした。
同い年なのに、ナルトに対して父性のようなものが芽生えた己にたいして。
「ほぉ…ナルトがもう懐いたか……結構人見知りする子じゃったんじゃが」
「一応、同い年ですから」
ははっ、と軽く笑うシカマルに三代目も微妙に引き攣ったような笑みを返すのだった。


END