大型犬、たまに蜂蜜



 ※紅鮭時空のようななにか

「天海くんって不思議なひとだよね」
「不思議?」
「うん、なんかこう、掴めないというか」

 放課後に紙パックのジュース片手に教室で楓ちゃんとおしゃべり。ふと話題に出たのは天海くんのこと。黒板に書かれた明日の日直に彼の名前があったからかもしれない。

 急にお土産だと言われて渡されたものは数知れず。毎回のように貰うそれは、その国の特産だったり、美味しいお菓子だったり、綺麗な絵葉書だったり。あまりにも多すぎるから流石に申し訳ないと断りを入れると、「……迷惑、っすか?」なんてしょんぼりとした顔でこちらを見るのだから、こっちが折れるしかなかった。

「不思議だよね、人に物をあげるのが好きなのかな」
「……うーん、どうだろうね……」

 貰ったものはどれもこれも素敵なものばかり。お菓子は私の好みに合うし、絵葉書はとても素敵なものばかり。専用のアルバムを買って綴じていると伝えたら、とっても嬉しそうに笑っていたことを思い出す。あのアルバムは、もう3分の2は埋まっただろうか。

 どうして天海くんに懐かれているかもよくわかっていないけれど、苗字さん!と駆け寄ってくる姿はまるでじゃれつく大型犬のようでなんだか可愛らしい。かと思えば、たまに蜂蜜のように甘く蕩ける瞳でこちらを見つめるのだからタチが悪い。

「苗字さんのことを想って、選んだんすよ」

 そう言って、私よりも大きな手のひらで優しく私の手を包み込む姿は、周囲から見たらまるで恋人のように見えるのではないだろうか。天然なのか狙っているのか、その答えに気付きかけては思考を逸らすことを繰り返す。もう何回目か数えられないくらいに。

「名前ちゃんにとって、天海くんはどんな存在なの?」
「……大型犬、たまに蜂蜜」
「どういうことなの……」

 わからないです、という文字が顔に書かれていそうなぐらいわかりやすい表情を浮かべる楓ちゃん。ごめんね、私も良くわからないんだ。でもきっと、そのうち嫌でもわかる気がする。予知なんて能力は持ち合わせていないけれど、こういう嫌な予感ほどよく当たるもので。

「苗字さん、今回で記念すべき100回目っすね」
「……良く覚えてるね。というか、もうそんなに回数重ねてたんだ」
「戻ってきた後は、毎回この時間が楽しみっすから」

 また明日ね、と楓ちゃんと別れた後、校内をぶらついているとにっこりと笑みを浮かべる天海くんがひょっこりと現れた。整った顔立ちではっきりとそう言われると、正直言ってちょっとこわい。何が彼をこんなに執着させているのだろうか。思考を放棄した方が良いのでは?と思って彼の服のボーダーの継ぎ目を一心不乱に見つめていると、私の左手に自らの手を添え、優しく握るとそっと唇が落とされた。小さく鳴り響くリップ音に、一瞬何が起きたかわからなくて「えっ」と口から驚きが溢れる。

「待って、どういう、…?」
「ふふ、もう待てないっすよ」
「なに、もうって何」
「100回通ったら。前にそう言ってくれたじゃないっすか」

 ひやりと冷たい感触が左手の薬指に触れた。きらりと光るそれは、どう見たって永遠を誓うなんとやらにしか見えなかった。100回通ったらって何、過去の私何言ったの。いくら遡っても思い出せないし、焦りで脳内がどんどん混乱していく。

「えっ……えっ……?」
「この時を待ち侘びていたっす。苗字さん、いや、名前さん」

 改まった表情に猛烈に嫌な予感しかしない。冷たい汗が背を伝っていく。天海くん待って、お願い。その先は言わないで、だって、その先は、

「俺と、結婚してください」

 その言葉以外あり得ないじゃないか。





「苗字さんは、どんなプロポーズがされたいっすか?」
「プロポーズ?……そうだなあ、小野小町の百夜通い、とかロマンチックだよねえ。まあ最後に男の人は亡くなってしまうから、そこだけは悲しいけれど」
「……なら、苗字さんの下に夜じゃなくても100回通って、100回目もちゃんと訪れることができたら、どうっすか?」
「ふふ、ハッピーエンドってことだよね。それはきっと、素敵なプロポーズになりそう。思わず受け入れちゃいそうだね」

 天海くんはロマンチストだなあ。なんて、君が望むならなんでもやるのに。あの日の本を読みながら楽しそうに微笑む姿は、未だにこの瞳に焼き付いている。

20210822
ちょっとこわい天海くんのはなしでした
どうしてこうなった


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