王子さまのキスの呪い



 私は完璧なマスターではない。魔術師としては半人前だし、体術ができる訳でもない。科学者のような研究もできないし、医療に秀でてもいない。そんななんの取り柄もない、ただの平凡な女の子、それが私。
 そんな私はひょんなことから人類最後のマスターになってしまって、可愛い後輩やドクター、ダ・ヴィンチちゃんに頼もしい職員の皆さん、そして力を貸してくれる英霊の皆のお陰でなんとか人理修復という未知の出来事に立ち向かっていけるのだ。

「お疲れ様、今日はこの辺にしておこう。後でメディカルチェックをするから着替えた後医務室に来てね」
「了解ですドクター」
「きちんとシャワーまで浴びてきていいからね!ゆっくり暖まるんだよ」
「分かってます!」

 次の特異点を見つけるまでの間に行われる、擬似戦闘による訓練は意外とハードなもので、なんとか今日の分も終えて部屋に戻り一息つく。連日行っているから疲労が溜まっているのだろうか、自分から申し出て訓練はしているから明日は久々に休みにするのもいいかもしれない。そう思いながら素早くシャワーを浴びて髪をある程度乾かし、医務室へ向かう。

「よし、ちょっと疲労があるけど身体には問題ないね。明日は休むかい?」
「はい、そのつもりです」
「なら良かった。休まないと言ったら僕が止めるところだったよ。今日は早めに寝てね」
「そうします、おやすみなさいドクター」

 挨拶をして医務室の扉を閉めるとすぐそこにアーサーが立っていた。迎えにきてくれたのだろうか。尋ねると予想通り、部屋まで送ると申し出を受けた。

「マスター、メディカルチェックは大丈夫だったかい?」
「うん、問題なかったよ。でも疲労が溜まってきてるから明日の訓練は休むつもり」
「なるほど、ならば明日は共にお茶でもしよう。とびきり美味しい紅茶とスコーンを用意しておくよ」
「嬉しい、楽しみにしてる」

 アーサー・ペンドラゴン。アーサー王伝説で知られる彼はとても強く、美しい英霊だ。私の運が良かったのか、最初に召喚できたのがアーサーだった。人理修復が始まった冬木の街から共に行動をしてくれている所謂パートナーみたいな存在で、私と本契約をしているのもマシュとアーサーのみ。自然と一緒に居ることも多くて、隣にいるのが当たり前、そんな関係だ。

「今日は疲れただろう?ゆっくり休むといい」
「うん…そうする」
「ふふ、とても眠そうだね」
「なんか、部屋に戻ってきたら力が抜けちゃったみたい」
「名前は皆のマスターという自覚が大きすぎて偶に無理してしまうからね、今日明日くらいは少し肩の力を抜くといい。明日の朝食は部屋で食べれるように手配しよう」
「うん、ありがとうアーサー」
「お安いご用さ。さあ、布団をしっかり掛けて暖かくして。…おやすみマスター、良い夢を」
「おやすみなさい」

 瞼を閉じるとそっと唇に優しいキスが落ちてくる。それを私は何の抵抗をせずに受け止めた。毎日眠る前に1度だけ、私達はキスをしている。

 始まりはレイシフト先で通信も上手くいかず、私とアーサーだけがはぐれてしまった時。あの頃はまだ人理修復が始まったばかりで慣れてないことも多く、サーヴァントも少なかった。令呪も使い切ってしまい、必死に隠れて敵の目を欺いていた時、アーサーから魔力供給の提案を受けた。それはキスによって唾液に含まれる魔力をアーサーに差し出すというもの。アーサーは申し訳なさそうだったけれど、命より惜しいものは無いと私が押し切ってキスをしたのだ。
 それによって回復したアーサーは敵を倒すことができ、無事にその場を切り抜けることが出来た。
 それ以来、私達は毎日キスをするようになった。魔力供給のため、そう言い聞かせて。

「…名前、愛してるよ。」

 だから、そう呟いて愛おしげに私の髪を撫でるアーサーに気付いていない振りをする。
 気付いてしまったらきっと、もう元の関係には戻れないから。明日も一緒に笑って過ごせるように、私は今日も自分の想いに鍵をしっかりとかけて眠る。

20190211


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