君の色を纏わせて



 同じクラスの天ヶ瀬くんはアイドルらしい。そのことを知ったのは少し前のこと。知らなかったの!?だなんて友人に驚かれたけれど、芸能人に疎い私なら当然かと溜息をつかれた。そんな天ヶ瀬くんと話をしたのは、きっと今が初めてだと思う。のだけれど、

「なあ、アンタあのこと覚えてるか?」
「……えっと、どのことです?」
「ほら、前に傘貸してくれただろ?」
「傘……?」
「覚えてねえのかよ……」

 放課後の教室、忘れ物を取りに戻るとひとり教室に残っていた天ヶ瀬くんと鉢合わせた。そして軽く会釈をした後すぐに発された言葉は覚えてるか、という身に覚えのない話。彼曰く前に私が傘を貸したらしいのだが、その傘を仕事現場に持っていったら誰かが持ち帰ってしまったらしいのだ。うーん記憶にない。本当にそれって私だろうか。

「まあ傘ぐらい大丈夫だよ、覚えてないし」
「借りたのに返さねえなんてそんな訳にはいかないだろ!だから新しいの買う、何がいいか選んでくれ」
「そこまでしなくてもいいよ、天ヶ瀬くん忙しそうだし」
「今日はオフなんだよ、苗字だって今日暇なんだろ?」
「まあ、うん」
「なら決まりだ!行くぞ」
「えー…」

 早くと言わんばかりに背を押されてずるずると教室の外へと押し出される。律儀な人なんだなあと思いながら、必死に記憶を辿って彼との会話を思い出す。多分、多分だけれど先月の靴箱で渡した、ような気がする。多分。あの時は確かもう辺りも暗くて、雨酷いな〜と思ってたら走って帰ろうとする姿が目に入り、知らない人だけれど流石に風邪をひいてしまうと思わず傘を渡した。自分は折り畳み傘を持ってたし、まあ学校の人ならそのうち傘立てに返してくれるだろう。それに安い傘一本ぐらい戻ってこなくてもいいや、なんて思ってた気もする。あの時の彼が、天ヶ瀬くんだったのか。

「なんか、思い出した気がする」
「本当か?」
「うん、多分。顔見てなかったけどあれ天ヶ瀬くんだったんだね」
「顔見てなかったのかよ…」
「まあ見てても覚えてなかったかもしれないけど」
「記憶力低すぎないか?」
「多分興味がないことの覚えが悪い」

 そう言うと彼の肩が目に見えてガックリと下がった。アイドルだもんね、興味ないとか言ってごめん、でもその時は君のこと知らなかったんだよ。そう言って言い訳を並べると、少しだけ回復したのか僅かに口を尖らせた。

「じゃあ、俺のこと今日覚えて帰ってくれよな」
「うん、もう覚えたよ。天ヶ瀬くん」
「……冬馬でいい」
「じゃあ冬馬くん」
「……おう」

 名前を呼ぶと満足そうにからりと笑う。その笑顔はただの同級生の男の子って感じで、なんだかうまく言えないけれど好ましく思えた。さっきちらりと見かけたポスターの笑顔も素敵だったけれどね。校門を出て少し歩くと、人通りがあまり多くないセレクトショップが立ち並ぶ通りへと連れられてきた。たまに立ち寄るけれど、この辺りのお店は可愛いものが多くて気に入っていたから偶然だなとぼんやり思う。お店の前で足を止め、丁寧にもドアを開けてくれる所が紳士的だった。

「傘、どんなのがいいか考えたかよ」
「こだわり特にないからなあ、どれも素敵だし…冬馬くんが選んで欲しい」
「……じゃあ、これはどうだ?」

 しばらく見て回り、どれも素敵すぎて決められないから結局選んでもらったほうが早いことに気付いた。そうして冬馬くんが手に取ったのは淡い黄緑をベースに赤の差し色が入ったなんともお洒落な傘。顔も良くてセンスもいいなんて流石アイドル、なのかな。持ち手もしっくりくるし、重すぎず大きさも丁度良い。うん、気に入っちゃった。

「冬馬くん、私これがいいな」
「そんなすぐに決めていいのかよ」
「うん。なんかこれ、ビビッときちゃった」

 じゃあ買ってくる、と言ってレジへと向かう後ろ姿を見て、値段は大丈夫だったのだろうかと今更不安になった。まあ、お礼だというぐらいだし,彼はきっと、失礼かもしれないけれど結構稼いでいるだろうから大丈夫か。ひとりで自問自答し、ふと待っている間にスマホで冬馬くんの名前を調べてみた。天ヶ瀬冬馬。Jupiter、グループカラーは緑色。そして彼のメンバーカラーは赤。情報を眺め、そして先程の傘の色を思い出す。あれ?あの色って、もしかして。

20201215


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