ディステニー・イン・ブルー



 放課後の帰り道、ファーストフード店に立ち寄りポテトとメロンソーダを頼んで席へ着く。手慣れたようにスマホを指でタップして、イヤホンをつけたら軽快なメロディが流れ出す。タイトルロゴの表示を見送って、プレゼントの受け取りを確認すれば日課の周回を始めた。

 ここ数日でずっとハマっているそれは、最近リリースされたばかりのスマホゲーム。ソロでもフレンドとも遊べるタイプのオープンワールドのRPGは爽快感もあってなかなかに楽しい。ミッションクリアの為に適当に申請したフレンドもやけに強くて、今ではよく素材集めを一緒にしてくれる良きゲーム仲間になっていた。
 SNSでも繋がっているし、暇な時にはチャットで話したりもするフレンド、“チョキさん”は、この前知ったけれど同じ歳らしい。ゆるい文面とアイコンが可愛らしい、ゲームがとても上手な人だ。

「あれ、チョキさん一昨日からログインしてない?」

 ソロで遊ぶためのフレンドを選ぼうと画面をタップして進めていると、チョキさんの最終ログインの表示は一昨日の昼頃で止まっていた。たまにログインしない日もあるだろうけれど、二日もしていないなんて珍しい。
 SNSも覗いてみたけれど、最後の投稿は4日前で止まっていたまま。まあ、同じ学生ならそんな事もあるかと一人で納得して再びゲーム画面へとスワイプして戻る。

 しかし、この日から数日間、チョキさんはゲームにもSNSにも一切浮上しなかった。

「……イベントの素材周回、出来れば手伝って欲しかったんだけどなあ」

 休日の自室でひとり、ぼそりと呟いて“イベント周回、お手伝い募集中です”と文字をフリックして投稿してみる。最近はずっとチョキさんとやっていたから、他にもフレンドを増やすいい機会なのかもしれない。
 投稿してからしばらくして、通知音が鳴りバナーが反応を知らせた。少し重たくなっていた瞼を押し上げて、ぴかぴかと光る画面を表示する。そして、その通知に載る名前を見て思わずだらりと寝転んでいた体勢から飛び起きた。チョキさんが、久しぶりに浮上して私に反応してくれていたのだ。

『今から30分ぐらいなら付き合うよ』

 いつものゆるいアイコンが少し懐かしくて、自然とおかえりなさいという言葉が溢れた。

 今回のイベントはレイド形式で、フレンドさんとの連携が大事になってくる。お互いに回復、攻撃、防御を繰り返し必殺技をタイミングよく放つ。友人と一緒に挑んだり、通話アプリを使って対戦したりする人も多く、フレンド募集のハッシュタグと共に“通話可能な方”という言葉もよく見かけた。私も何度か友人に付き合ってもらって挑んだが、やはり上級者向けの方が素材のドロップ率もよく、短期集中して挑む為にはチョキさんの力を借りたかった。

「でもチョキさん、結構めんどくさがりだから通話とかしないだろうな……」

 少し疲れるかもしれないけれど、チャット機能で頑張ってみよう。集中する為にベットから立ち上がり、少し根は張るけれど座り心地と見た目で選んだ一人用ソファへ座って水分補給用のペットボトルをぺきりと音を立てて開ければ準備万端だ。“よろしくお願いします!”と返事をしてゲームを開いていると、今まで一度も使ったことの無い、通話機能の通知がぽこんと鳴った。

「え、えっ?」

 どうして急に通話機能が? 疑問と戸惑い、焦りが重なって指先がつるりと滑り画面の応答ボタンに触れた。「あ」という私の間抜けな声と、「お、繋がった」という気怠げな声が重なり合う。

「もしもし、聞こえてる?」
「……え、あ、聞こえてます、けど」
「チャットで連携とるのめんどくさいから、通話にしたけどよかった?」

 パニックになり頭の中はハテナだらけの私とは対照的に、チョキさんは淡々と通話にした理由を伝えるとゲームの起動音を鳴らした。「どの難易度?」と問う声に、急に通話することに抵抗とか無いのかこの人と若干の畏怖と驚きを交えながらも「い、一番上のやつで……」となんとか答える。というかチョキさん、男の子だったんだ。

「それじゃあ、始めようか」
「よろしくお願いします……」
「え、なんで敬語なの」
「いや、なんとなく、はい」
「いつも通り、チャットの時みたいに話してよ」
「善処します……」

 それやらない人の台詞じゃん、と少しだけ楽しげな声がイヤホン越しに揺れる。同じ歳の女の子と思っていたことは絶対秘密にしようと心に決め、ようやくうろうろと彷徨っていた視線を画面へと戻す。準備万端な彼に続き、私も指先を駆使してオープンワールドへと駆け出した。

「あ、そこ。罠ある」
「わ、ほんとだ。あ、チョキさん回復!」
「ありがと」

 順調に進むバトル、お互いに連携することはすぐに慣れた。いつの間にかゲームへのめり込むことで、敬語も取れて普段通りの会話を音声で交わすことができている。早い判断を強いられる攻撃の連続に、これはチャットだと無理だったかもしれないとごくりと唾を飲んだ。チョキさんのめんどくさいから通話、という判断は正しかったようだ。
 そして格闘すること約10分、ようやくお目当ての敵を倒してドロップ素材を獲得することができた。きらきらと演出される素材を見てほっとため息を吐く。そして、自室の壁へと目をやりその経過時間に驚いた。凄い、二人だけで倒したのに友人と三人でやった時よりもクリア時間が早い。私の中ではイベント期間で最速かもしれないタイムに思わず笑顔が溢れた。

「チョキさんありがとう、すごく助かった」
「俺も、限定素材間に合ったから助かった。最近できてなかったし」
「そういえば最近ログインもしてなかったよね? SNSにもいなかったし」
「ああ、それは」

 近くに居た人が急に居なくなると寂しい、という気持ちもあるが、何かあったのかという心配の気持ちも強かった。仲のいい友人のように思っていた存在だからこそ、気に掛かってはいたのだ。けれど、その答えを聞く前にガチャリとドアの開く音がチョキさんの声を遮る。

「凪、お前こんなところにいたのか」
「……あー、見つかっちゃった」
「明日も試合なんだ、そろそろ寝る準備しろよ」
「うん。……ごめん、そろそろ戻らないと」

 聞こえてきたのはまた男性の声。もしかして親でも部屋に入ってきたのだろうか、といきなりの親バレフラグにどきりと心臓が跳ねた。試合、という言葉から何かスポーツをしていて、その前日にもかかわらず付き合ってくれていたのだろうか。もしスポーツをしているのならば、その試合や練習でゲームができなかったのかもしれない。

「何かスポーツしてるの?」
「あー、……最近、サッカーやってる」

 めんどくさいけど。と言う言葉には、僅かに楽しそうな、柔らかな気持ちが滲んでいる気がした。チョキさん、青春してるんだね。ぼんやりとした声とゆるいアイコンからは想像できないけれど、きっとスポーツマンなんだろうな。うん、想像つかないけど。

「じゃあまたね、苗字さん」
「うんまた、ね、…………え?」

 ──さいご、いま、なんて?
 チョキさんが最後に呼んだのは、ハンドルネームじゃなくて、私の苗字で。
 ……いや、ちょっと待って。さっき呼びにきた人、チョキさんのこと“ナギ”って呼んでた。ナギという名前に、最近サッカーを始めて、私の名前を知っている人。そんな人、私の周りに一人しかいない。同じクラスの、隣の席のいつも気怠げな真白の男の子。

「……もしかして、……凪、誠士郎?」

 ぷつりと音声が途切れて、画面には通話終了の文字が浮かぶ。それと同時に、メッセージアプリの通知がぴこんと音を鳴らした。
 シンプルな“明日もやろうよ”という短いメッセージと、見覚えのあるゆるいキャラクターの可愛らしいスタンプ。登録されたその名前は、先程口から溢れた名前と同じだった。

20230211


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