愛おしさに微睡む



 ソファにもたれかかり、すぐそばにあったリモコンを手に取ってなんとなくテレビをつけてみる。我が物顔でソファを一人占領しているけれど、家主はただいま電話中。しんとした室内に誠士郎の話し声が微かに聞こえ、少しだけ寂しくてついテレビの音量を二つぐらい上げた。
 今日は何か面白い番組あったかなと番組表を見ていると、たまたま野球の試合が放送されているのを見つけて思わずリモコンのボタンを押した。
 ウチの父は元々野球が好きで、家族はどちらかというとスポーツといえば野球派だった。けれど、私は誠士郎と付き合うようになってからは専ら野球よりもサッカー中心の生活。どちらも見ていて面白いけれど、久しぶりに野球を見るのも良いかと熱気あふれる声援に口角を上げた。

「あれ、テレビ見てる」
「あ、おかえり。電話終わったの?」
「うん、詳しいことは明日話すって」

 テレビをつけてから少し経ち、リビングと簡易キッチンを繋ぐドアが開いてこの部屋の家主である誠士郎が戻ってきた。珍しそうに言うのは、多分録画やサブスクではなくて今放送されている番組を見ているからだろう。最近はずっとサブスクにハマっていたし。「野球?」と尋ねる声に「そうだよ」と画面に釘付けのまま返事をする。冷蔵庫からお茶を持って来た誠士郎は、あまり興味なさげに「珍しいね」と相槌を打った。

「他に何も見たいのなかったから」
「……ふうん、それで野球見てたんだ」
「うん、久々に見るとやっぱり面白いよ」

 「誠士郎も見る?」と問うと、あまり興味がないのかスマホを弄りながらこちらへと歩み寄り、私にもたれ掛かりながらソファへと沈み込んだ。
 私の肩に頭を乗せる誠士郎を横目に、五回表の打席に立つ選手をじっと見つめる。選手の名前もよく知らないけれど、ピッチャーが球を投げたその瞬間の息を呑むような感覚は好きだ。二対一という良い勝負を繰り広げる試合を見ていると、くいと服の袖が引かれて「ねえ」と横から声が掛けられた。

「名前、一緒にゲームしない?」
「誠士郎めっちゃ強いし、この前ボコボコにされたからやだ」
「じゃあ一緒にアニメ見ようよ」
「いま私野球見てるじゃん」

 そう答えると、誠士郎は諦めたのかそのまま黙ってスマホをまた弄り出した。ごめん、でも今結構いいところなんだ。あとで構ってあげるからね、と視線は画面に釘付けのまま誠士郎の頭を撫でていると、指先が髪の毛をするりと通り抜け膝に暖かな体温と重みがのしかかる。

「え、……ちょっと、誠士郎?」
「なに?」
「いや、急にどうしたの?」
「……膝、借りてるだけ」

 スマホの画面を見つめたまま、私の太腿を枕にして「やわらか」なんて呑気に言うから、「太ったって言いたいのかい誠士郎くん」と頬を軽く引っ張る。誠士郎は「んえ、ちがうし」と言ったけれど、最近ちょっと運動不足なのは否めない。
 ジョギングでも始めるか、とため息を吐くと「おれはこのぐらいが良い」と私の足に一般的な男性よりは柔らかいであろう頬をむにりとくっ付けてきた。その一言だけで、まあ硬いよりは良いか、なんてすぐに決心が揺らいでしまう。案外私は、このナマケモノな彼氏の言葉に弱いのだ。

「ねえ、あと試合どれぐらいで終わるの?」
「まだ半分ちょっとしか終わってないよ」
「え、マジか」

 「だって今五回裏だし」と下を向いて伝えると、少し目を見開いた誠士郎と視線が合う。あまり野球のルールも知らない誠士郎からすると、彼の想定よりも野球の試合は進んでいなかった様だ。

「じゃあ、試合が終わるまでこのままね」
「え、足痺れちゃいそう」
「……その時は、俺が名前をベッドまで運んであげる」

 そう言うと誠士郎は私のお腹の方に顔を埋め、「あったけぇ」と顔を綻ばせた。そのままうつらうつらとし始めるのだから、どんだけマイペースなんだと段々と眠気で暖かさを増していく頬に指をふにりと沈める。構って欲しい、その一言を言ってくれたらいいのに。「素直じゃないなぁ」と呟くと、じわりと染まっていく耳朶が柔らかな髪の隙間から覗いていた。

20230314


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