サプライズ・ラブコール



 最近、凪くんに内緒でしていることがある。内緒、と言ってもやましいことなんかちっともなくて、ただ彼には見られたくないというのが本音。だからこそ、一人でいる時間にこっそりと、少しずつその作業を進めていた。

 今日は天気のいい土曜日で、朝も比較的すっきりと起きられた。特に用事もなく、昨日の練習で疲れ果てた凪くんはまだ夢の中。すやすやと気持ちよさそうな寝顔を見て、可愛らしい顔とは別人のような色っぽさを感じた昨夜を思い出して少しだけ頬が熱くなる。だめだめ、隣で眠るのも名残惜しいけど一人の時に進めなきゃ。
 そっとベッドから足を下ろし、お昼になったら起こしてあげようかなと考えながら作業途中だった箱をこっそりとリビングで開いた。中には可愛らしい淡いピンクの便箋と、パステルカラーの花で彩られた封筒、そしてシンプルな万年筆が入っている。便箋と封筒はこの前文具屋さんで一目惚れしたもの、そして万年筆は凪くんとのお付き合いが一年経った時に御影くんから「これからも凪のことよろしくな」と凪くんと私宛にお揃いで頂いたものだ。私は白、凪くんは黒。つやつやと輝く光沢のそれはどう見てもお高いものだったけれど、俺がやりたくてしてるんだとからりと笑うからありがたく受け取らせていただいた。

 せっかくだからこの万年筆を使って何か形になるものを残したい。そう思い立ち、私は凪くんに手紙を送ることを思いついた。それも直接渡すわけじゃなくて、ファンレターに紛れさせて所属チームに送るというサプライズで。御影くんにこのサプライズのことをメールで相談してみたら、きっと凪も喜ぶと賛同してくれた時はとても嬉しかった。

「んー、……シールとかも使っちゃおうかな」

 丁寧に気持ちを込めて、今までの凪くんへの気持ちを綴る。試合でとても凄いシュートを打ったことも、練習の時にたまに鋭くなる真剣な表情も、私だけに見せてくれる優しげな瞳も。たまにスマホで写真フォルダをスクロールして懐かしさに浸りながら、私って本当に凪くんのことが好きだなと照れ臭くて口元が緩む。便箋が多すぎても読むのが面倒かもしれないから、短くても私の気持ちが伝わるよう一つ一つの文字に思いを込める。宛名は最後に書こうと空けておき、あともう少しで行数が埋まる、というタイミングで寝室と繋がるドアがガチャリと音を立てて思わず「ひえっ」と情けない声が漏れた。

「な、な、凪くん……?」
「ん、おはよ名前」
「おはよ、う……凄い、自分で起きたんだ」

 休みの日に凪くんが自力で起きてくるなんて初めてのことで、驚いてつい声が震える。見られてはない、はず。うん、多分大丈夫。
 動揺しながらもカモフラージュ用のクリアファイルや下敷きで手元をさっと隠し、まだ眠たげに目元を擦りながら近くへ歩み寄る凪くんに声を掛ける。すると、凪くんは少し寂しそうに眉を寄せ、座ったままの私の腕をぐっと引っ張り自分の胸元へとぐりぐりと押しつけた。

「わっ、……え、どうしたの?」
「……起きたら、名前が隣にいなくてびっくりした」
「そ、そっか。ごめん、ちょっとやる事があって……」
「久しぶりのオフだし、もう少し充電させて」

 あったけぇ、と言いながらぎゅうっと力を込める凪くんに「今週頑張ってたもんね」と少し手を伸ばしてふわふわの髪を優しく撫でる。するとふにゃりと脱力気味に私の肩に頭を乗せ、もっとしてくれと言わんばかりにすり寄ってくるのだから、つい「いつも頑張って偉い」と甘やかしてしまう。たまに出る甘えたな凪くんは、ひっつき虫だけどそこがまた可愛いのだ。

「んで、これ何してたの?」
「……ああ、えっとね、手紙書いてたの」

 ひと通り満足したのか、私を解放して隣の椅子に腰掛けると、手元の色とりどりな紙を見て凪くんはやはり何をしていたのかと聞いてきた。手紙を書いているということは誤魔化さなくてもいいかなと正直に答えたけれど、誰宛になんて言い訳を何も考えていなくて、やってしまったと背中に冷や汗が伝う。やばい、どうしよう。

「手紙? 誰に?」
「えっと……ひ、秘密」
「……なんで?」

 上手い誤魔化し方がわからず、つい目線を逸らしながら教えませんと口元を手で覆って目で訴える。でも凪くんもすぐには引き下がらず、「俺の知ってる人?」「男? 女?」と問いかけてくるし、その距離はまたぐいぐいと近くなって睫毛が触れそうなほど近づいていた。

「……だめ、秘密なの」
「俺には言えないの?」
「う、……そ、そのうちちゃんと話すから! あと、心配するようなことではないよ。これは絶対約束できる」

 凪くんの頬を両手で優しく包み、まっすぐにグレーの瞳を見つめる。すると観念したように凪くんは「……わかった、言ってくれるの待ってる」と少ししょんぼりとした顔で渋々頷いてくれて、内心ほっとため息を吐いた。サプライズの為だから、と言っても彼氏の少し寂しそうな顔は私まで寂しくなってしまう。今日ほぼ完成間近になった手紙を一刻も早くクラブチームへと持っていくことを心に決め、凪くんの予定を頭で考えながら朝兼昼ごはんの用意に取り掛かった。



 そして計画がバレそうになってから三日後、凪くんのスケジュールと睨めっこをして一番近くの決行日を決めた私は、一人家の前で車を待っていた。心を込めた手紙を大事に封をして、可愛らしい熊のシールを貼り付ける。少し気だるげなこの熊は、どこか凪くんに似ていてつい買ってしまったものだ。似てるでしょ? と聞くと「え、俺より名前の方が似てる」と言われてしまったのだから、案外私たちは一緒に過ごす中で似てきているのかもしれない。

 前日のうちに御影くんにお願いして車を手配してもらい、凪くんたちの所属するクラブチームの事務所まで真っ直ぐに向かう。入口で受付の方に軽く挨拶を交わし、凪くんへ渡してほしいと告げたら今日の任務は完了だ。
 しっかりと渡しておきます、と笑う男性スタッフにお礼を言って玄関へと踵を返す。上手くいきそうだと微笑んだその時、「待って」と背後から聞き覚えのある声が聞こえて思わず足が止まった。

「え、凪くん、どうしてここに……? 今日は居ないんじゃ……」
「玲王に彼女が来てるぞ、って教えてもらった。それと、……これ」
「え、……あ、それは、」

 今日は事務所にいない、そう聞いていたはずの彼が目の前にいて驚いていると、凪くんの手元に見えた淡いピンク色が見えてどきりと心臓が高鳴る。先程預けたはずなのに、どうしてもう彼の手元にその手紙があるんだろう。思ったよりも早い展開に動揺し、上手く言葉が出てこない。そんな私を見て、凪くんは目を伏せながらゆっくりと話し出した。

「これ、名前がこの前書いてたやつだよね」
「……うん」
「……誰宛に書いてきたの」
「そ、それは」
「…………俺以外に、誰か好きなやつでもできた?」
「ち、違う!」

 凪くんの不安げな顔と声に、否定の言葉が強く飛び出した。そんなわけない、あるわけが無い。凪くんは、私が凪くんのことをどれだけ好きなのかわかってないのかな。
 そう思うと自分でも驚くほど大きな声が出て、つい周りの目線を気にしながらもまだ表情が暗い凪くんへと近づいて行く。結局ほぼ直接渡したような感じになっちゃったなと思いつつ、凪くんの持つ手紙を裏返して軽く留めていたシールをゆっくりと剥がした。

「ね、凪くん、これ見て」
「……え」
「凪誠士郎さまへ。ほらこれ、君宛なんだよ」
「…………俺宛の、手紙?」
「そう、付き合って一年経つでしょ? だからサプライズでファンレターをこっそり書いてみました! ……の、つもりだったんだけどね」

 もうバレちゃった、と笑ってみせると、力が抜けたのかその場でへにゃりとしゃがみ込み「……俺、超ダサい」と落ち込んだように言うのだから、思わず緩んでしまいそうになる口元を手で隠した。私の彼氏がこんなにも可愛い。
 私が他の男にラブレターでも渡してたらどうしようかと焦って走ってきたらしく、私のスマホには「ごめんそっちに凪行ったかも」と御影くんからの連絡が入っていた。凪くん、私のこと大好きすぎるじゃん。
 緩む頬をそのままに、凪くんと同じようにしゃがみ込んで目線を合わせる。少し赤くなった耳に気づかないふりをしてあげて、「ねえ凪くん、驚いた?」と声をかけた。じとりとした目でこちらを見つめ、「……驚いたし、めちゃくちゃ焦った」と言いながらもどこか嬉しそうに頬を少し緩ませる凪くんは、ある意味サプライズ成功だと言えるような顔をしていた。

 この後家に帰ってゆっくりと時間をかけて手紙を読み、その内容にご満悦だった凪くんは「ねえ、名前、またあれ書いてよ」とおねだりしてくることになるのだが、このやり取りが二人の記念日の定番になっていくことを私はまだ知らない。

20230307


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